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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「社会一般」の記事一覧

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流行に乗って

 いったん特定の犬種に人気が出始めると,ブームを当て込んで人気犬種をむやみに繁殖させるブリーダーが現れます。流行犬種だけをあつかうペットショップも珍しくありません。珍しくないどころか,(ほとんど)みんなそうだというべきかもしれません。

堀 明 (2011). 犬は「しつけ」でバカになる:動物行動学・認知科学から考える 光文社 pp.34
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やわらか仕立てのふんわり時代

 昔ウケたツッコミが今だと引かれてしまう。みんなのハートが弱くなったのか,鋭い言葉が通用しない。そんな“やわらか仕立てのふんわり時代”が到来しまくっとるのをひしひしと感じますね。
 でも,それはもう“そういう時代”だということですし,変な意地を張って言い続けるっていうのは違うと思うんです。今の時代の空気に合わせた言葉に換えていかないと,しょうがない。
 そこで「死ねっ!」の代わりに考えたのが,「荼毘にふされろ!」これなら誰も引かないでしょうし,語呂的にも口に出して言いたくなりません?

千原ジュニア (2011). すなわち,便所は宇宙である 扶桑社 pp.195

最低限の結果の平等

 両親が読み書きもできなかったり,長時間働かなければならなかったりすれば,子供たちは誰にも宿題を見てもらえない。中産階級の子供ならたぶん両親に見てもらえるだろうし,金持ちの子供なら家庭教師に見てもらえるだろう。そのうえ貧困層の子供たちは,弟や妹の面倒を見たりヤギの世話をしなければならなかったりして,宿題をする時間さえないこともある。
 そういうことなら,わたしたちは実際に行動を起こして,すべての子供が最低限の食事ができ,必要な医療をうけられ,宿題を見てもらえるような状況をつくらないといけない。社会政策でできることもたくさんあり,実際にそうしている国もある。たとえば,無料の給食,ワクチン接種,身体検査,教師や学校が雇った教官による放課後の宿題指導などが実施されている。ただ,家庭でやらなければならないこともたくさんある。学校には限られたことしかできない。
 ということはつまり,貧しい家庭の子供にもフェアなチャンスを与えるという理想に少しでも近づこうとするなら,両親の所得についても最低限の「結果の平等」を実現する必要があるということだ。そうしないと,いくら授業料や給食やワクチン接種などを無料化しても,子供にとって真の機会均等がなされたことにはならない。

ハジュン・チャン 田村源二(訳) (2010). 世界経済を破綻させる23の嘘 徳間書店 pp.291

どこの国でしょう?

 あなたは経済アナリストで,2つの発展途上国の今後を分析しようとしている,としよう。つぎに2国のおもな特徴を列挙する。さて,あなたの分析は?

A国———10年前まで極端な保護主義をとり,工業製品への関税が平均で30%を軽く超えていた。最近,関税は引き下げられたが,眼に見えないものも含めて重要な貿易規制は残った。国境を越える資本の流れにも厳しい規制があり,銀行部門は国有で厳しい規制下にあり,外国による金融資産の所有にもさまざまな規制がある。国内で操業する外国企業は,地方政府による差別的な税や規制に不満をいだいている。選挙はなく,腐敗がはびこっている。財産権はあいまいで複雑。とくに知的財産権保護が甘く,著作権侵害の都となっている。おびただしい数の国有企業があり,その多くが莫大な損失を出しているにもかかわらず,助成金と政府から与えられた独占権によって支えられている。

B国———貿易制作は,ここ数十年では文字通り世界一保護的なもので,工業製品への関税は平均で40〜55%にもなっている。国民の大半に選挙権はなく,選挙では買収などの不正が横行している。腐敗も蔓延し,正統は献金者に公職を売っている。開かれた競争によって政府に雇われた役人は,これまでのところひとりもいない。国家財政は危うく,国債デフォルト(債務不履行)におちいったこともあり,外国人投資家は不安をおぼえている。にもかかわらず,外国人投資家への厳しい規制がある。これはとくに銀行部門で顕著で,外国人が取締役になることは禁止され,外国人株主はこの国に居住していなければ議決権を行使することもできない。競争法(独占禁止法)がないので,カルテルなどによる独占が野放しになっている。知的財産権の保護は不完全で,とくに外国の著作権を保護しないという欠陥がある。

 両国とも,経済発展を阻害するとされているもの——露骨な保護貿易,外国人投資家への差別,財産権保護の不徹底,独占,民主主義の欠如,腐敗,能力主義の欠落など——に深くはまり込んでいる。どちらの国もとても発展できる状態ではない,というのがあなたの分析結果ではないだろうか。だが,もう一度よく考えていただきたい。
 A国はいまの中国である。これは言いあてられたかたもいただろう。だが,B国はアメリカ——今日の中国よりもやや貧しかった1880年頃のアメリカ——と言いあてられたかたが,果たして何人いるだろうか?

ハジュン・チャン 田村源二(訳) (2010). 世界経済を破綻させる23の嘘 徳間書店 pp.100-101

順法闘争

 従業員が法律や規則を厳格に守ることによって能率を下げ,生産量を抑えるという,いわゆる「順法闘争」も,人間のモチベーションの複雑さを明かす好例である。読者はあるいは,従業員が規則どおりに働いて,どうして雇い主を困らせることができるのかと,首をかしげるかもしれない。だが,この半ストライキは,生産量を30〜50%も減じてしまうのだ。どうしてそんなことになるかというと,雇用契約(規則)ですべてを具体的に決めるのは不可能であるからであり,したがって,すべての生産プロセスは従業員の善意に大きく頼っているからである。

ハジュン・チャン 田村源二(訳) (2010). 世界経済を破綻させる23の嘘 徳間書店 pp.78

賃金差

 もちろん,話がこじれてしまうのは「低賃金」や「非人間的な労働環境」を定義する客観的基準がないからだ。経済発展レベルや生活水準は国によってたいへんな違いがあるので,当然ながら,アメリカの飢餓賃金は中国ではかなりよい賃金(中国の平均賃金はアメリカのそれの10%)になるし,イオンドでは大金(インドの平均賃金はアメリカの2%)になる。アメリカでも昔は,労働者は非人間的な環境で極端な長時間労働を強いられたのだから,フェア・トレードを求める人々のほとんどは,祖父たちが製造した品物は買えないことになる。20世紀の初頭まで,アメリカでも週平均労働時間は60時間ほどだったのだ。当時(正確には1905年)アメリカの最高裁は,パン職人の労働時間を1日10時間以下に制限したニューヨーク州法を,「望むだけ働く自由を奪う」という理由で憲法違反と断じた。

ハジュン・チャン 田村源二(訳) (2010). 世界経済を破綻させる23の嘘 徳間書店 pp.26-27

前説の仕事とは

 そんな前説である事件が起こった。ある新喜劇の番組の前説で,僕たちはまずお客さんを温めるためにネタをやった。それが受けて気持ちよくなった。ネタの途中くらいで前説の持ち時間がなくなったので,ネタを終わらせて舞台から降りた。お客さんも温まったし自分たちの中では満足して帰ると,新喜劇の作家さんがえらい剣幕でボクたちのほうへ来てこういった。
 「お前ら,前説知らんのか?何一つ説明もしないで,自分の与えられている役割を理解してたか?」
 正直,前説は盛り上げ役だから,自分の中では罪の意識はなかった。そこに作家さんは続けていった。
 「今からお前らのやったことの結果をみておけ」
 半信半疑のまま新喜劇をみることになった。幕が開いて主役が登場,客席はただざわざわしているだけ,次々と演者さんが登場するがまばらな拍手がちらほらあるだけ,やりにくそうな演者の人たち,たかが拍手の説明をしなかったことがこれほどまでに影響するか?というくらいつらい舞台になっていた。
 そして最後に作家さんから一言。
 「こういうことや,覚えとき,ま,うちはもう二度と君たちに頼むことはないけど」
 ほんとうにこれを機に前説がなくなった。

山里亮太 (2006). 天才になりたい 朝日新聞社 pp.137-138

心理学者の利用

 それでも,やはり心理学者をマーケティングの世界で使ってみたほうがいいんじゃないかとわたしが思う理由は,心理学者には,人の心理に関して,前の章でも述べたように,ある仮説でだめだったら次の仮説,それでもだめならまた次の仮説と,次々に仮説を用意するだけの知識がふつうの人よりは豊富にあるからです。また,効果的な実験の組み立て方や結果に対する分析などといった学問的なサポートもできます。

和田秀樹 (2011). 脳科学より心理学:21世紀の頭の良さを身につける技術 ディスカヴァー・トゥエンティワン pp.186

知識が邪魔をする人

 当たり前のことのように思うかもしれませんが,知識が思考を拡げるのではなく,逆に思考停止の原因となってしまっている人は,研究者と呼ばれる人たちの間にも珍しくありません。

和田秀樹 (2011). 脳科学より心理学:21世紀の頭の良さを身につける技術 ディスカヴァー・トゥエンティワン pp.118

神様に会える

 コンサート実験の準備段階で,私たちチームは巨大なパイプオルガンが設置された教会や大聖堂をいくつも見てまわり,実際,かなりハイレベルな超低周波を発生するオルガンを発見した。ということは,教会で霊的体験をする人びとは,パイプオルガンの超低温に反応しているのかもしれない。あるパイプオルガン製作者が言うには,「このパイプから出る音が耳に聞こえないんじゃ,ずいぶん値の張るすきま風だと思われるかもしれないけれど,これで神さまに会えるのなら,安上がりなんじゃないですかね」。

リチャード・ワイズマン 殿村直子(訳) (2008). Qのしっぽはどっち向き?:3秒で人を見抜く心理学 日本放送出版協会 pp.146

特権意識の浸透

 こんにち,「特別」という言葉は本来の意味を失った。かつては並外れた特性をもつか優れていることを指した。いま,多くの人は,特別だと感じることは自尊心の本質的な要素だと考え,他者に特別な気分にしてもらって当然だとみなす。そういう特権意識が知らないあいだに浸透している。

サンディ・ホチキス 江口泰子(訳) (2009). 結局,自分のことしか考えない人たち:自己愛人間とどうつきあえばいいのか 草思社 pp.237-238
(Hotchkiss, S. (2002). Why is it always about you? New York: Free Press.)

中断されること

 ベンチャー企業で得られる貴重なことのひとつは,中断されないことだ。職種によって,時間の単位は異なる。文章の校正係は,15分ごとに作業を中断しても,生産性にさして影響を与えないだろう。だが,ハッキングの時間単位はとても長い。問題のすべてを頭に収めるだけで1時間を要するかもしれない。そんな時に,あなたが書類を埋めるのを忘れたことを指摘する電話が来たりすると,その影響は計り知れない。
 ハッカーが質問をされて,スクリーンから目を離す時に恐ろしく不機嫌な目つきをしているのはこのためだ。ハッカーの頭の中では,巨大なトランプの家が崩れているんだ。
 中断されるかもしれないと感じるだけで,ハッカーは難しいプロジェクトを始めるのを遅らせる。ハッカーが夜遅くに仕事をしたがるのはそのせいだ。素晴らしいソフトウェアをブースで書くことが,深夜ででもなければほとんど不可能なのもまたそうだ。
 ベンチャー企業の大きな利点は,邪魔するような人がまだいないということだ。事務部はないから,書類の催促も電話もかかってこない。

Paul Graham 川合史朗(訳) (2005). ハッカーと画家:コンピュータ時代の創造者たち オーム社 pp.94 脚注

(引用者注:第6章脚注1。非常に共感できる内容である)

美しいものを創る

 残念なことに,美しいものは論文になりやすいとは限らない。第一に,研究は独創的でなければならない。そして,博士論文を書いた経験のある人なら誰もが知っているように,確実に処女地を探し当てて開拓する一番良い方法は,誰も向かおうとはしない場所へ向かうことだ。第二に,研究にはある程度の量的なまとまりが必要だ。そして,へんてこなシステムであるほど,たくさんの論文が書ける。そいつを動かすために乗り越えなければならなかったいろんな障害について書けるからね。論文の数を増やす最良の方法は,間違った仮定から出発することだ。人工知能の研究の多くがこれに当てはまる。知識は抽象概念を引数に取る述語論理式の羅列で表現できる,と仮定して始めれば,それを動かすためにたくさんの論文を書くことになるだろう。リッキー・リカルドが言ったように,「ルーシー,君はたくさん説明することがあるね」ってなわけだ。
 何か美しいものを創るということは,しばしば既にあるものに微妙な改良を加えたり,既にある考えを少しだけ新しい方法で組み合わせたりすることによってなされる。この種の仕事を研究論文にするのはとても難しい。

Paul Graham 川合史朗(訳) (2005). ハッカーと画家:コンピュータ時代の創造者たち オーム社 pp.25

スピード

 幾世紀にもわたって,日本人は私たち西洋人よりも緻密なものを作ってきた。1200年に作られた日本刀は,その時代に作られたことが信じられないほどだ。おそらく,日本車が米国車よりきっちりしているのは,日本できちんとした家具が作られてきたことと同じ理由による。彼らは,ものをうまく作ることに取り憑かれているんだ。
 私たち米国人は違う。何かを作るとき,米国人はとにかく仕事を終えることを考える。とりあえず動くものができたら,そこからは2通りの道がある。そこで作るのをやめて,バイスグリップみたいに不恰好だが何とか使えるものを作っていくか,あるいはそれを改善してゆく——でもたいて,そういう改善とはごてごてした装飾を付けていくことだ。車を良くしようと米国人が考えるのは,その時々の流行によって,尾ひれを付けてみたり,車体を長く伸ばしてみたり,窓を小さくしてみたりといったことにすぎない。
 家もそうだ。米国で家といったら2種類しかない。ツーバイフォーの柱に石膏ボードを打ち付けたぺらぺらの箱か,あるいは超豪邸,つまり大きくてドラマチックな外観を備え,高価な家具を配置したツーバイフォーと石膏ボードのぺらぺらの箱だ。金持ちだからって,より良いデザインや優れた職人の仕事を得られるわけじゃない。ただ,普通より大きくて目立つ家が手に入るだけだ。
 米国では,良いデザインや職人の仕事は特には評価されない。私たちが好むのはスピードだ。速くできるなら醜い方法も喜んで許容する。ソフトウェアや映画などの分野では,これはトータルで有利な方向に働く。

Paul Graham 川合史朗(訳) (2005). ハッカーと画家:コンピュータ時代の創造者たち オーム社 pp.3

(引用者注:さすがに1200年の日本刀は古すぎるのでは…)

期待していない

 なので,「自分の話は面白くないんじゃないか?」と卑屈になる必要はありません。そもそも聞き手は,そんなに期待していませんから!

田中イデア (2009). ウケる!トーク術:昨日起こった出来事を面白く話す方法 リットーミュージック pp.33

オープンソース

 Linux(リナックス)というオペレーティングシステム(OS)やFirefox(ファイアフォックス)というブラウザなどが,しばしばオープンソースの代名詞として語られます。しかし,人類に,最も貢献したオープンソースソフトウェアはLinuxでもFirefoxでもなく,四則演算(+ー×÷)の筆算でしょう。四則演算の筆算はインドで発明されたといわれています。インドで整備された位取り記数法や計算方法を,『インドの数の計算法』という書物を通じてアラビア社会,さらにはヨーロッパに紹介する役を担うことになったのがアル・フワーリズミーです。アル・フワーリズミーは9世紀前半にアッバース朝時代のバグダッドで活躍した数学者で,アルゴリズムの語源となった人物です。プログラムは,コンピュータにアルゴリズムを実行させるために,コンピュータが解釈可能な言語を使って表現されたものに過ぎません。
 数学者は,巨大な権力と巨万の富をもたらすかもしれない未来予測の式すら,無償で論文として公開してしまいます。金融工学の金字塔のひとつであり,巨万の富を稼ぎ出したブラック・ショールズ方程式にしても,誰もが無償で利用でき,誰もがそれを改変することができるのですから!(十分な根拠なく改変することで,しばしば巨万の富を失ったりもするわけですが)。人類に最も貢献してきたオープンソース活動は数学だといって差し支えないでしょう。

新井紀子 (2010). コンピュータが仕事を奪う 日本経済新聞出版社 pp.122

役立つかどうか

 「役に立つかどうか」がポイントなのでしょうか。歴史上,発見されてきた画期的な定理の多くが,発見された瞬間には具体的にそれがどのように有用かはわかりませんでした。発見した本人でさえ,それが「どのように使えるか」の説明に窮したことでしょう。「役に立つかどうか」は後の世でわかることで,発見の瞬間に「役に立つかどうか」を判断することはできません。

新井紀子 (2010). コンピュータが仕事を奪う 日本経済新聞出版社 pp.102

女性人材

 私を含めた現場の教員たちは,小学校入学から大学卒業まで,男女を分け隔てせず同じように知識・技能を伝えようとしています。そして,少なくとも私の経験では,総じて女子のほうが真剣に授業を受け,多くのことを吸収していくようです。
 にもかかわらず,大卒新規採用移項をみると,こんにちでもなお女子はその実力にふさわしい期待や評価や待遇を受けてはいません。人材を受け入れる企業の側がどういう胸算用をしているのかは,私の専門ではないので正確には知りません。しかし,日本の学校教育が女子に投入している膨大な投資は,それが高い労働力となって日本の産業を支えているわけではないのですから,明らかに帳尻が合わない状態になっているのです。

吉川 徹 (2009). 学歴分断社会 筑摩書房 pp.144

半分に分ける線

 直観的にもわかることだと思いますが,社会の真ん中に引かれた分断線というのは,社会の上端や下端に引かれている線よりも多くの人にかかわるため,大きな影響力をもちえます。しかもこの比率で上下が分かれている場合,ちょうど真ん中という人たちがいないわけですから,「普通程度の学歴」や「平均的な学歴」を示すことができず,分断された状態にあるといわざるをえないわけです。このことは,だれもが「学歴格差の社会」に巻き込まれる状況を生みます。いまの日本社会を広く見渡してみても,9対1とか7対3ではなく,このようにほぼ5対5に社会を分ける区分線は,性別を別とすると,この学歴分断線以外には損z内していないのです。

吉川 徹 (2009). 学歴分断社会 筑摩書房 pp.53

重要な作法

 就職活動においては,企業の就職担当者も採用される側の学生も,「ウチでは,大学のランクや学閥で出世が大きく左右されます」とか,「私は,自分の学歴を有利に使える企業を探しているのです」といった本音のやり取りをすることは絶対にありません。採用側は「弊社は学歴で人材を分け隔てしていません」,希望者側は「学歴からは知ることのできない個性や人間力が大事な時代ですよね」などと無難なことをいっておいて,別の機会に「リクルーター」と呼ばれる同じ大学出身の若手社員が,非公式に応募者と本音や実態をぶつけ合う,というのが昨今の常套手段になっています。企業社会でも,学歴主義を公の場で語らないことは,品格ある学歴エリートであるための重要な「作法」とされているのです。

吉川 徹 (2009). 学歴分断社会 筑摩書房 pp.37

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