しかし実際には,この話は嘘だらけだ。まず,ラマルクは科学者というより哲学者だ。彼の著書は,現在でいうところの遺伝学の考え方を素人が読んでもわかるように説明したもので,科学的な分析を重ねた学術論文ではない。ラマルクは獲得形質遺伝の概念はもちろんのこと,進化論に概念をも一般の人に普及させるのに貢献したが,彼自身はどちらの概念の提唱者でもないし,自分が提唱者だと主張しているわけでもない。当時,獲得形質遺伝説は広く支持されていて,ダーウィンもそれを認めていた。ダーウィンは自著『種の起原』の中で,進化の概念を普及させたラマルクの功績をほめたたえている。
しかしながらジャン=バティスト・ラマルクは,自分が展開したわけでもない理論が広く「教科書」に載ってしまったことの犠牲になった。どこぞの科学ライターが,ラマルクが獲得形質遺伝の概念を提唱したという話をどこかで「獲得」して,その後に続く何世代もの科学ライターたちに「遺伝」させてしまったのだ。ダジャレを使いたくて少々ややこしい説明をしてしまったが,ようするに,だれかがラマルクを責めるようなことを書いて,それをその他大勢の人が今日まで信じてしまったということだ。教科書はいまだに,ラマルク派の研究者たちはネズミのしっぽを何世代も切り続けて,しっぽのない子ネズミが生まれてくるのを待っている,といったバカにしたような記述を載せている。
シャロン・モアレム,ジョナサン・プリンス 矢野真千子(訳) (2007). 迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来るのか 日本放送出版協会 p.166-167
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