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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「認知・脳」の記事一覧

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10%神話

 「人間は通常脳の10パーセントだけを使っている」という,よく知られた神話がある。どのようにしてこの神話が生まれたのかは分からないが,現代の脳機能イメージングは,むしろ反対のことを教えている。本当に驚くべきことに,目標の刺激が現れたときボタンを押すというような最も単純な課題でさえ,脳の多くを使っているのだ。しかし,それが当てはまるのは,認知上の囲い地の中核部分だけだ。どの瞬間も,私たちは脳内の利用できる全知識のほんのわずかな部分しか使っていない。18時間のあいだ,工学部の学生は,どのドミノも隣り合った2つの正方形を覆うはずであることがわかっていた。それらの正方形が交互に黒と白になっていれば,個々のドミノが黒と白を覆うことをきっと説明できただろう。この知識は原則的にはいつでも利用できた……すべての利用可能な知識やすべての可能な解決への経路を調べられるシステムであれば,即座にその知識を見つけていただろう。しかし,私たちのシステムはそのように作られていない。その代わり,私たちが持っている知識のほぼすべては,現在の経路,つまり現在の一連の認知上の囲い地に入るまで,休眠状態にある。問題解決の秘訣は,適切な知識を見つけること,つまり,問題をまさに適切な副問題に分割し,解決への適切な経路を進むことだ。

ジョン・ダンカン 田淵健太(訳) (2011). 知性誕生:石器から宇宙船までを生み出した驚異のシステムの起源 早川書房 pp.201
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前頭葉損傷

 さらに,前頭葉損傷の患者に関する膨大な量の研究文献から,あらゆる種類の認知テストにおける欠損が明らかになっている。それらのテストには,知覚や,迷路学習,単語の一覧表の記憶,単純な光や形にできるだけ速く反応すること,ジェスチャーをまねること,休暇の計画の立て方とかレストランでの食事の注文の仕方などの現実世界の知識,Fで始まる単語をできるだけ多く挙げることに関するものなどがあり,ほかにもたくさんある。神経心理学では,前頭葉の機能を「評価」する目的で有名になったテストがあるが,それらがどんなテストであるかはほとんど偶然に過ぎないと思う。前に述べたように,ほとんどの前頭葉損傷の患者は,ルリアが述べているような行動の極端な崩壊を示さない。とはいえ,前頭葉損傷の患者のそれなりに大きな集団を,損傷を受けていない対照被験者の同様の集団と比較すると,ほとんどの課題で患者の方に欠損が明らかになるだろう。ルリアの考えが示唆しているように,前頭葉損傷の患者は有効な行動において全般的に欠損を示す。gが低下していれば,そうなるはずだ。

ジョン・ダンカン 田淵健太(訳) (2011). 知性誕生:石器から宇宙船までを生み出した驚異のシステムの起源 早川書房 pp.135-136

正の相関をとる

 このような実験で何が見つかると予想するだろうか?一方で,他人より「聡明で」「鋭敏で」「知能が高い」人がいるという一般的な見方があるだろう。きっと,同じ子供が複数の教科で優れている傾向があるという予想ぐらいはするはずだ。他方で,私たちは,それぞれの人が独自の能力や適性を持っていることもよく知っている。語学の得意な人とクリケットの技術者が同じだとは思わない。このように考えると,かなり低い相関を予想するだろう。少なくとも,学業成績と感覚能力の比較においてはそうだろう。
 スピアマンの最初の大きな成果は,すべての相関が正である傾向を示したことだ。いくつかの相関は他のものに比べて高かった。確かに,日常の直観が正しく,異なる教科間の相関は,学業成績と感覚弁別閾の相関よりたいてい高くなることは分かる。それでも,すべてのデータをプロットすると図1cのようになる。少なくともある程度,1つのことをうまくやる人は,ほかのこともうまくやることが多い。スピアマンの結果によって初めて,こういった結果が客観的な基礎の上に置かれ,それが正確にどのくらい正しいのかを測定する方法が得られた。

ジョン・ダンカン 田淵健太(訳) (2011). 知性誕生:石器から宇宙船までを生み出した驚異のシステムの起源 早川書房 pp.51-52

幽霊体験をする人

 フーランは,暗示にかかりやすい人は自分が幽霊屋敷にいると思うだけで,絵に描いたような幽霊体験をしてしまうのではないかと考えた。しかもその体験で恐怖心をあおられ,過剰警戒をし,ちょっとしたことでもきにしはじめる。彼らは床板がかすかにきしむ音,ゆらぐカーテン,なにかが燃えるような匂いに突然敏感になる。おかげでますます恐くなり,さらに警戒心が強まる。こうして感情が雪だるま式にふくれあがり,動揺し不安に襲われたあげく,極度の興奮状態になり,妄想を抱きがちになるのではないか。
 数多くの実験結果が,フーラン説を支持した。私自身の実験でも幽霊を信じている人のほうが,信じていない人よりも,奇妙な体験をする割合がはるかに高かった。そしてその不思議現象は,ホラー映画によく登場する,見た目が不気味な場所で起きることが多かった。

リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2012). 超常現象の科学:なぜ人は幽霊が見えるのか 文藝春秋 pp.

眠りの間

 脳のからくりは,あなたに幽霊の残像を見たと思い込ませることもあれば,邪悪なものと遭遇したと思わせることもある。睡眠の第1段階からレム段階へと移行するあいだに脳が混乱し,第1段階の半睡半醒時の幻覚,性的興奮状態,レム段階の麻痺状態を同時に体験する場合があるのだ。この恐るべき組合せの結果,あなたは重いものが自分の胸の上に乗って動けなくなったように思い,邪悪な存在を感じる(それが見えるように思う場合もある)。そして,自分が奇妙な性交をおこなっているような感覚を抱く。
 何世紀も前から,自分が悪魔や異星人に襲われたと思い込む人はかなりいた。睡眠学者は,こうした体験の裏にある真実を解き明かしたと同時に,あなたの寝室から邪悪なものを追い払う最良の方法も見つけだした。当然のことながら,その方法は祈祷を唱えたり,聖水を撒いたり,大がかりな悪魔払いをおこなったりすることではない。じつのところ,方法はいたって簡単である。指を屈伸させるか,まばたきをするだけでいいのだ。ちょっとでも体を動かせば,あなたの脳はレム状態から睡眠の第1段階へ切り替わる。そしてあっという間にあなたははっきり目覚め,現実の世界へぶじもどることができる。

リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2012). 超常現象の科学:なぜ人は幽霊が見えるのか 文藝春秋 pp.190

自動書記のカラクリ

 ウェグナーは,人によって「脳が決断を下し,その決断にもとづいて意識的な行動が作りだされる」というメカニズムがうまく機能しない場合があると考えた。脳が行動について決断を下し,しかるべき筋肉にメッセージを送るのだが,決断を下したのは「自分」だという意識を作りあげるのに必要な信号が,うまく送られないのだ。その結果自動筆記では,筆記がおこなわれても筆記者は書いているのが自分だと思えない。ウェグナーは,この現象が自由意志の根本的な性質について,貴重でユニークな手がかりをあたえると考えている。この発作が起きているあいだにふと我に返った筆記者は,自分が自分のロボットになったような感覚をもつ。児童筆記は怪しげな見せ物ではなく,私たちの日常行動の奥にひそむ真実をあらわすものなのだ。

リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2012). 超常現象の科学:なぜ人は幽霊が見えるのか 文藝春秋 pp.166

「自分」が

 だがとっさの行動では,この行程が誤認識される。ここで,ある行動を試してみよう。あなたはこの文章を読み続けてもいいし,お茶を飲んでもいい。どちらを選んだ場合も,あなたには脳の動きが感じられないはずだ。突然前頭部で血流の勢いが増すのを感じたり,続いて左脳が活発に動き出すのを感じたりはしないだろう。そこであなたは,左右の耳のあいだに詰まった肉のあいだを走る電気的な力がではなく,“自分が”決断を下したという感覚をもつ。
 この謎について,ウェグナーは理にかなった賢明な答えをだした。“自分”が決断を下したという感覚は,じつは脳が作りだす幻想だと考えたのだ。ウェグナーによると,日々の暮らしの中で,立ち上がる,言葉を話す,腕を振り回すなど,脳はあらゆる行動について決断を下す。だが,決断を下した直後に脳は2つのことをする。1つは,決断を意識化する部位に信号を送ること,もう1つは,足や口や腕に送る信号を遅らせることである。その結果,“あなた”は,「自分がたったいまこの決断を下した」という信号を意識し,自分がその信号と矛盾しない行動をとったことを確認し,すべてを動かしているのは“自分だ”と誤って思い込む。
 言ってみれば,あなたは運転席にいる幽霊なのだ

リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2012). 超常現象の科学:なぜ人は幽霊が見えるのか 文藝春秋 pp.162

反動効果

 ウェグナーの反動効果は,さまざまな場面で働く。不幸なできごとを忘れなさいと言われると,かえってそのできごとを忘れられなくなる。ストレスになることは考えないようにと言われると,かえってそのできごとを忘れられなくなる。そして不眠症の人に眠れなくなるようなことは考えないようにと言うと,かえって眠れなくなる。
 ウェグナーは,テーブル・ターニングやウィジャ・ボードで,指を動かすまいとしてもテーブルやブランシェットが自然に動き,霊からのメッセージを受け取れるのも,同じ現象で説明できるのではないかと考えた。反動効果は,運動面にも働くのではないか。ある行動をしないように頑張ると,かえってその行動をしてしまうのではなかろうか。
 ウェグナーは観念運動のもう1つの代表例を使って,実験をおこなった——振り子である。何世紀も前から,人びとは糸に結んだ小さな重りを左右に振ったり,円を描くように回したりして,生まれてくる赤ん坊の性別を知り,未来を占い,霊と交信してきた。ウェグナーは被験者を1人ずつ研究室に招き,レンズを天井に向けて設置したビデオカメラの上で,振り子の糸をもってもらった。被験者の半数には振り子を動かしてはいけない方向を1つ指示し,もう半数には振り子をできるだけ動かさないように頼んだ。
 撮影されたフィルムを見ながら,ウェグナーは振り子の動きを精密に計測した。すると,白くまのことを考えないように言われると白くまのことばかり考えてしまうのと同様,振り子を動かすまいとすると,かえって振れ方が激しくなっていった。この無意識の運動は,被験者に6桁の数字を記憶する,1000から3ずつ引き算する,などであらかじめ頭を働かせてもらうと,いっそう激しくなった。

リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2012). 超常現象の科学:なぜ人は幽霊が見えるのか 文藝春秋 pp.157-158

見逃し

 数多くの実験で,くり返し同じことが実証されている。人は誰でも,自分を正確な目撃者と考えたがる。だが実際には,私たちは目の前で起きたできごとを無意識のうちに誤って記憶しがちであり,だいじなディテールを見すごすことが多い。
 私たちの脳は,自分が置かれている環境の中で,どの部分に最も注目すべきか,目の前にあるものを認知する最良の方法はなにか,たえず模索を続ける。たいていの場合,脳の判断は正しい。だからこそ人は効率よく効果的な方法で,世の中を的確に認識できるのだ。だが時折あなたは,この優秀な脳の働きをつまづかせるものに遭遇する。視覚の錯覚は,あなたの目を完全にあざむく。
 そして“超能力者”は,マジックのごく初歩的なトリックで,あなたに奇跡を目撃したと思わせる。彼らはいかさまの可能性を考える隙をあたえないよう,あなたの虚をつく巧妙な手を使い,トリックの証拠を即座にあなたの記憶から消し去る。
 そう考えながら眺めると,鉛筆回しもスプーン曲げも奇跡のあかしではなく,あなたの目と脳がいかにうまくできているかを,如実に物語るものなのだ。こうした技を披露する人物は,たしかに驚異的な力の持主である。だがその偉力は超自然的なものではなく,心理的なものだ。

リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2012). 超常現象の科学:なぜ人は幽霊が見えるのか 文藝春秋 pp.128-129

双曲割引

 スチュワート・ヴァイスは双曲線割引を説明するとき,学生に2つの封筒を示す。1つには10ドル,もう1つには12ドル入っている。当然,学生たちは12ドルの封筒を取る。つぎにヴァイスはいまの10ドルと1週間後の12ドルのどちらを選ぶか,と尋ねる。このときには学生たちはまだ12ドルのほうを選ぶ。だが,12ドルを受け取るのは2週間,あるいは3週間先となると,状況は変わる。ほとんどの学生はいまの10ドルのほうがいいと言う。それだけではない。どの時点で額は小さくてもすぐに受け取れるほうを選択するかを確認したあと,ヴァイスは金額の差はそのままに,どちらも受け取りをずっと先に延期して設定した。たとえば28週後の10ドルと30週後の12ドルでは,どちらを選ぶ?受け取りが遠い将来に設定されたところで,学生の選択は元に戻り,ほとんどが大きい金額を選択した。これは「時間の不整合」の典型的な例だ。合理的に考えれば,どの時点でも将来の大きい金額を選ぶはずだろう。待つ時間の差は変わらないのだから。

ダニエル・アクスト 吉田利子(訳) (2011). なぜ意志の力はあてにならないのか:自己コントロールの文化史 NTT出版 pp.238

プライミング刺激

 プライミングは驚くほど簡単だ。たとえば無礼で行儀が悪いことを連想させる言葉をたくさん聞かされた被験者は,礼儀正しさと関連する言葉を聞かされた被験者に比べて,その後の会話で相手をさえぎる回数が非常に多かった。もっとはっきりした事例は,言語テストをよそおって老いに関する典型的な言葉をたくさん聞かされた人たちだろう。この人たちは実験が終わりましたと言われて出ていくとき,(プライミングが行われなかったグループに比べて)廊下をとぼとぼ歩き,実験が行われた部屋のようすもよく覚えていなかった。

ダニエル・アクスト 吉田利子(訳) (2011). なぜ意志の力はあてにならないのか:自己コントロールの文化史 NTT出版 pp.203

魚の脳の形

 魚の前脳の機能についてよりよく理解するために,スペインの研究者たちは金魚の脳の特定の領域に注意深くダメージを与え,その魚が何を行えなくなるかを観察した。魚の前脳には特殊な領域があることが次第にわかってきたが,それらの領域の機能を分析すると全体像はかえって混乱した。というのも,哺乳類にみられるものに類似する領域はみつかったのだが,哺乳類とはまったく異なる場所にあったからだ。
 そこで研究者たちは,胚発生から成魚になるまで,魚の脳がどのように発達するのかを注意深く観察した。つまりどの領域の細胞組織がどのように特化し,どの構造に発達するのかを魚の成長に沿って観察したのである。そして,それによってはじめて全体像が明らかになった。
 きわめて困難な作業のすえ,スペインの研究チームは「陸生の近縁種に比べると,魚の脳は,裏返しになっている」と発表した。つまりヒトの場合には脳の内部に埋もれている器官が,魚の場合には脳の前部に向かって外側に開いていたのだ。
 この顕著な相違は,胚発生のある重要な段階で生じる。哺乳類の場合には,脳の発達は神経管からはじまる。脳は平らな板の状態から発達を開始し,やがてこの平な板の外側のヘリに位置する構造が向かいあうような方向へと内転しはじめる。
 それに対し,ほとんどの魚の胚発生においては,それとは逆の現象が起きる。脳の細胞組織へと発達する予定の神経管のヘリの部分は,外転と呼ばれるプロセスによって互いに離れはじめ,その部分の構造が引き裂かれるようにして前方に押し出されていくのである。

ヴィクトリア・ブレイスウェイト 高橋 洋(訳) (2012). 魚は痛みを感じるか? 紀伊國屋書店 pp.134-135

魚のメンタルマップ

 私たちの目的にとって,空間学習と記憶課題の真の利点は,それらが一般に,その動物の心的表象の形成と活用に依存するところにある。そうして魚がメンタルマップを形成するという点を示せば,ジグソーパズルの最初のピース,すなわちアクセス意識というピースが手に入るはずだ。
 では,魚がメンタルマップを形成する能力をもっているかどうかを検証するにはどうすればよいのか?ラットは迷路の腕の部分に沿って走る能力によって知られているが,魚についてはどうだろうか?魚も迷路の腕の部分に沿って,ドアをくぐったり通路を泳いだりするように訓練できるのか?その答えは「できる」と判明しており,しかも魚はどこで曲がるべきかを学習し,とるべき経路を覚えておくことに長けている。迷路は魚の空間認知能力を研究するためのすぐれた手段の1つであり,現在ではそれを用いて多くの魚の種がテストされている。

ヴィクトリア・ブレイスウェイト 高橋 洋(訳) (2012). 魚は痛みを感じるか? 紀伊國屋書店 pp.118-119

きき手と左右脳機能差

 瞬間提示法を用いた視覚機能の研究は,基本的に左ききと右ききでは異なる脳機能をもつことを示しているといえそうである。つまり,右ききが左右脳の機能差を明確に示すのに対して,左ききは明確な左右脳機能差を示さないというわけである。
 このような,きき手による脳機能の違いについて,イギリスのバーモントは左ききの脳機能が右ききに比べて拡散的であるとする。つまり,左ききの脳は同レベルの視覚認知の仕組みを左右脳にそれぞれもつのに対して,右ききでは機能の左右脳への特殊化が明白なのだとしている。別のいい方をすれば,右ききの脳は機能が特定の部位に局在している傾向が強いのに対して,左ききの脳はその傾向が弱いということになる。これは決して左ききの脳が劣るということを意味するのではない。右ききの脳が決まったポジションを守って活躍する野球選手のタイプであるのに対して,左ききの脳はどこでも守れるオールラウンド・プレーヤータイプであるというような意味である。

八田武志 (2008). 左対右:きき手大研究 化学同人 pp.144-145

ゲシュヴィンド理論の詳細

 少し具体的にゲシュヴィンド理論を紹介すると次のように表せる。すなわち,この理論では,男らしさを決定づけるY染色体上にある遺伝子によってコントロールされるH−Y抗原による男性ホルモン(テストステロン)の分泌が,妊娠中の中〜後期において上昇することで,次のような現象が生じるとしている。

 (1)左脳の側頭平面に近い後頭葉の発達が遅れる。
 (2)右脳の後頭葉の発達が促進される。
 (3)右脳の前頭葉の発達が遅れる。
 (4)免疫系の発達が遅れる。
 (5)神経冠の発達異常がもたらされる。

 それぞれについてさらに少し表現を変えて説明を加えよう。

 (1)左脳の後頭部位の発達の遅れは,左脳を小さいものにし,左脳が正常に発達することを妨げてしまう。つまり,左ききが生じやすくなり,左ききに言語能力の発達遅滞,発達性学習障害などが生まれやすくなる。
 (2)左脳の発達の遅れは,反対側の右脳の対称部位である後頭領野の発達を促進させる。そこで,左ききには数学や造形芸術,音楽など右脳の関与が大きい技能に優れる英才(数学者,芸術家,イデオ・サバン)が生まれる可能性が高い。
 (3)右脳の前頭葉の発達の遅れは社会性の発達を遅らせ,対人適応能力に問題をもつことになる。
 (4)免疫系の発達の遅れは,アトピー,アレルギーをはじめとする思春期以前の免疫障害をもたらす。
 (5)思春期以降の胸腺の発達の遅れは,思春期以降の免疫系の障害を生じさせることになり,感染症やエイズ,リンパ系の障害,偏頭痛が生じやすくなる。
 (6)性ホルモンの受容器が刺激されることは,リンパ系以外の部位でのがんの発生率を低下させる。
 (7)神経冠に発達異常がもたらされることは,神経系を始めとするさまざまな身体部位の形成異常を生じさせる。

 これらの説明から明らかなように,左ききは男性ホルモン分泌上の問題から生じるとするゲシュヴィンド理論からは,左ききには免疫系の病気をもつものが多いとか,天才が多いなど,いくつかの予測をもたらすこととなった。彼の理論は壮大で,複雑で,たいへん興味深いものであるために,現在までに多くの研究者がこの予測の妥当性を検討すべく実験や調査を行ってきた。現時点では,それらの結果は支持するもの,支持できなかったものが混在している状況にある。

八田武志 (2008). 左対右:きき手大研究 化学同人 pp.118-120

ゲシュヴィンド理論

 ゲシュヴィンド理論は大規模なために段階を分けて説明しよう。まず,次の3つがゲシュヴィンド理論の骨子である。

 (1)きき手を含めたラテラリティは,大脳皮質の解剖学的非対称性を直接反映している。
 (2)人口の70%は右ききで,左脳が言語機能を担う「標準的ラテラリティ」であり,残りの30%は左ききで右脳あるいは左右両方の脳が言語機能に関係する「変則的ラテラリティ」である。後者が遺伝によってのみ生じることは稀であり,妊娠中の中〜後期の非遺伝的な要因つまり環境要因によって生じる。
 (3)環境要因としては,性ホルモン,とくにテストステロンが中心的な役割を果たし,妊娠中〜後期の胎児に影響する。

八田武志 (2008). 左対右:きき手大研究 化学同人 pp.117-118

左ききは10%程度

 まず,台湾人のきき手についての研究では,強い左ききは男子で2.0%,女子で1.0%,弱い左ききとされたのが男子で4.0%,女子で2.0%であった。日本人よりも左ききが少ないといえそうである。
 イタリアはカトリックがもっとも一般的な宗教であり,左手への禁忌が強い国として知られている。このイタリア人成人を対象にした調査結果では,右ききが63.6%,左ききが6.4%であった。残りは両手ききであり,性差は認められていない。両手ききが日本人よりもずいぶん多い様子がうかがえる。
 宗教上,左手への禁忌がカトリックと同じように強いのがイスラム教である。ペインはイスラム教の国である北ナイジェリアできき手の調査を行っている。大学生を対象に実施されたこの調査では,9.7%が左ききということで,結構多いという印象をもつが,これは実際に使う手を聞いたもので,どちらの手を使うのが望ましいかを尋ねた結果では,左ききとする人は1人もいなかった。望ましくないとは感じつつも左手を使う大学生が少なくないという事実は,大学生という恵まれた特別な階層の若者では宗教上の禁忌が弱まっていることを示している。それと同時に,宗教上の圧力がない場合に生物学的に生じる左ききは10.0%程度である可能性を示唆するように思われる。

八田武志 (2008). 左対右:きき手大研究 化学同人 pp.71-72

左ききは特別器用ではない

 一般成人の場合,片手での粗大運動はきき手のほうが非きき手より速く,片手での追跡運動課題での正確度も高いが,単純選択反応時間ではきき手と非きき手の間に統計学的な有意な差がないことが報告されている。この選択課題での反応時間,すなわち,手と目の共応機能について右きき群と左きき群を比較したのがイギリスのラビットである。10回に1回程度の割合で点灯するランプに,明かりがつけばできるだけ速く反応せよという課題での反応時間は,右ききの右手が474ミリ秒,左手が496ミリ秒であった。一方,左ききの左手での反応時間は466ミリ秒,右手は486ミリ秒であった。きき手によって反応時間に統計学的に有意な差はなかったために,左ききが器用という仮説は認められなかったことになる。

八田武志 (2008). 左対右:きき手大研究 化学同人 pp.27

左ききは器用?

 さて,「左ききは器用」という俗説の真偽は如何なものなのであろうか。
 一般に器用という表現を用いるのは,たとえば,裁縫が上手とか工芸細工に長けているとかを指している。こうした動作を心理学では「感覚運動共応技能」と呼んでいる。つまり,手と目との共応動作のことである。
 直接的にこのような疑問に答える研究は意外にも少ない,というかほとんど見あたらない。これは,一般的な単語である「不器用さ」を科学的な用語で定義することが容易ではないことに理由がある。かつて,「不器用さ」に対応する英語「clumsy」を表題にした論文を書いたことがあり,そのときも苦労した記憶がある。その論文では,「箸をきちんともてない大学生は不器用である」という仮説を検証したいと考え,片手の箸で豆をつまんで移動する課題,押しピンを指定された箇所にできるだけ早く次つぎと刺していく課題,片手でボルトにナットをはめ込む課題,片手で靴ひもに結び目をつくる課題の4種類を用意した。箸をきちんともてない学生は,豆の移動と靴ひも課題で有意に成績が劣るという結果であったが,この研究で用いた課題がすなわち器用さを測定する課題と断定する自信はない。器用さを測定する課題を探すのは簡単な話ではないのである。

八田武志 (2008). 左対右:きき手大研究 化学同人 pp.26-27

芸脳人

 実際のところは,このような人生指南を語るにあたって「脳」は必要ないのではないでしょうか。脳科学風な生活の知恵や人生指南は研究成果の情報発信ではなく,脳にことよせた1つの文学に過ぎないのではないでしょうか。このような脳科学風の「語り」をする人たちのことを「脳文化人」と呼びます。さらに脳研究で明らかになったことのうち面白い側面ばかりを強調し,ウケをねらうことばかりを考える「芸脳人」もいます。もちろん「脳文化人」たることも1つの生き方であり,また一般の人々がこのような形の情報発信を求めることも否定されるようなことではありません。また脳文化人の著作には文芸書として見た場合,質の高いものもあります。ただし科学ではありません。「脳科学による証拠」にもとづいた教条主義が,文化的な香りをまとって現れただけのようにも思えます。

坂井克之 (2009). 脳科学の真実:脳研究者は何を考えているか 河出書房新社 pp.195-196

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