ミュンスターバーグは記憶に関する自身の考え方を書物にまとめて発表し,その本“On the Witness Stand: Essays on Psychology and Crime”(『証言台にて—心理学と犯罪に関する評論集』)はベストセラーとなった。そのなかで詳しく述べられている数々の重要な概念は,いまでは多くの研究者が,記憶の実際の働きと対応していると考えている。第一に,人間は出来事の一般的な要点はよく記憶できるが,記憶の実際の働きと対応している考えている。第二に,正確に話そうと誠実に対応する善意的な人間でさえ,覚えていない細部を問い詰められると,うっかりでっち上げて記憶の欠落を埋め合わせてしまう。そして第三に,人間は自分がでっち上げた記憶を信じてしまう。
音素修復には驚きの特徴がある。音素修復は聞こえた単語の文脈に基づいておこなわれるため,文の冒頭で聞こえたと思った音が,文の最後に来る単語によって影響を受けることがあるのだ。 たとえば別の有名な実験では,被験者に“It was found that the *eel on the axle.”(「*は車軸に取りつけられていた」,星印は咳払いを表す)という文を聞かせたところ,被験者は“wheel”(車輪)という単語が聞こえたと報告した。しかし,“It was found that the *eel was on the shoe.”(*は靴に取りつけられていた)という文を聞くと,“heel”(かかと)という単語が聞こえた。同様に,最後の単語を“orange”(オレンジ)に替えると,“peel”(皮)と聞こえ,“table”(テーブル)に替えると“meal”(料理)と聞こえたのだ。 いずれのケースでも,被験者の脳に送られてくるデータには,“*eel”というすべて同じ音が含まれている。脳はその情報を辛抱強く保持しつづけ,文脈によるさらなる手がかりが来るのを待つ。そして,“axle”“shoe”“orange”“table”という単語が聞こえたあとで,そこに適切な子音を当てはめる。それらがようやく意識的な心に伝えられるため,被験者はその修正作業には気づかず,咳払いによって部分的に覆い隠された単語も,正確に聞こえたと完全に確信するのだ。