現在,医学者たちのなかに,「精神分裂病」や「躁うつ病」のような精神病にも“病因遺伝子”が存在しているはずだ,という信仰が広まっている。だがそうした「病因遺伝子」は“アルコール中毒症の原因遺伝子”と同様に,存在さえ疑わしいのである。マスコミは凝りもせず“精神分裂病の遺伝子を発見”などという報道を繰り返しているが,たとえば同一の遺伝子を備えた一卵性双生児でさえ,兄弟(または姉妹)が二人そろって「精神分裂病」を発症させる確率は30%程度にすぎない。つまり,遺伝子構成がまったく同じ二人の間でさえ,60〜70%(ということは大部分)は,一方が「精神分裂病」になってももう一方は全然発症せずにすんでいる。ありふれた“一親等”(親子関係)の家族で,親が「精神分裂病」に罹っている場合に実子にも発症する確率でも,せいぜい5%にすぎない。(もちろん,この5%の人たちは,遺伝よりも環境要因が原因で発症した可能性も考えられる。)
行動心理学者のロバート・プロミンとおよびデニース・ダニエルは,こうした観察事実が意味する内容を,次のようにまとめている----「人間の心理面の発達は,環境の影響を受けています。環境の影響によって,同じ家族に育った子どもたちでも,別々の家庭で育った子どもたちのように,一人一人が違う個性を育んでいくのです」。これはちょっと極端な“環境決定論”にも見えるが,家系図に描かれた“精神病患者”の出現状況や遺伝学の情報だけで特定個人に“行動障害”を将来予測するのが(仮に不可能でないとしても)容易でないことは,十分に理解できるはずだ。
ルース・ハッバード,イライジャ・ウォールド 佐藤雅彦(訳) (2000). 遺伝子万能神話をぶっとばせ 東京書籍 Pp.270-271
引用者注1:2002年よりschizophreniaは精神分裂病ではなく「統合失調症」と訳されるようになっている。
引用者注2:ロバート・プロミンは行動心理学者というよりも「行動遺伝学者」と言った方がよいかもしれない。また,彼らの発言内容は,「心理的形質に対する共有環境の影響力が小さいこと」を表したものと思われるため,ここでの引用が適切であるかどうかについては疑問が残る。
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