解離性同一性障害の症例の分布は臨床家間で驚くほど偏っており,きわめて少数の臨床家からの報告が解離性同一性障害の症例の大部分を占めることが示されている。たとえば,1992年のスイスの調査では,解離性同一性障害の診断の66%は,わずか0.09%の臨床家によるものであると報告されている。さらに,この調査の回答者の92%はそれまで1度も解離性同一性障害患者を受け持ったことがないと回答する一方で,3名の精神科医は20名以上の解離性同一性障害の患者を受け持ったと回答している(Modestin, 1992)。またロスら(1989)は,国際多重人格・解離研究学会(International Society for the Study of Multiple Personality and Dissociation)の会員は,解離性同一性障害の症例を1度は見たと報告するカナダ精神医学会(Canadian Psychiatric Association)の会員の10倍から11倍もこの症例を診ていると報告している。さらにマイ(Mai, 1995)は,カナダの精神科医の解離性同一性障害の診断数にはかなりの偏りがあり,解離性同一性障害の診断の大部分がごく一部の精神科医から報告されていると指摘した。これらの発見は,ごく一部の精神科医から悪魔儀式による虐待が報告されているというキンら(Quin et al., 1998)の報告に通じるものがある。そして,悪魔儀式による虐待の報告は,解離性同一性障害の診断と密接に関連している(Mulhern, 1991)。
解離性同一性障害の症例の偏りに関する報告には,複数の解釈が存在している。たとえば,実際に解離性同一性障害の患者もしくはその疑いのある患者が,解離性同一性障害の専門家を訪ねたためであると解釈することもできる。他にも,解離性同一性障害の特徴を見つけ出し引き出すことに,臨床家が特に熟練しているのかもしれない。とはいえ,これらの報告は,ごく一部の臨床家が解離性同一性障害の診断をしたり,患者の症状を創り出したり,もしくはその両方を行なっているというスパノス(1994, 1996)の主張や社会的認知モデルの主張とも一致するのである。
S.O.リリエンフェルド,S.J.リン,J.M.ロー 厳島行雄・横田正夫・齋藤雅英(訳) (2007). 臨床心理学における科学と疑似科学 北大路書房 pp.104
(Lilienfeld, S. O., Lynn, S. J., & Lohr, J. M. (Eds.) (2003). Science and Pseudoscience in Clinical Psychology. New York: The Guilford Press.)