科学的知識の収集が特別だというのは,それが私たちの自然な直観から逸脱しているというだけではない。それに要する特別な種類のコミュニケーション——ある人間の心がどうはたらくかだけでなく,ほかの人間の心が伝えられた情報に対してどう反応するか——もそうである。科学の発展は,きわめて奇妙な形の社会的相互作用によってもたらされる。そこでは,私たちの動機づけシステムのいくつか(不確かさを減らしたいという欲求,ほかの人々を唸らせたいという願望,そして創意工夫に富んだ美の魅力)が,進化的背景に合ったものとはまったく異なる目的のために用いられる。言い換えると,科学の営みは,認知的にも社会的にも,きわめてありそうもないものであり,これこそが,科学が少数の人間によって,限られた数の地域において,そして人間の長い進化の歴史にあってはほんのごく最近になって発展した理由である。哲学者のロバート・マコーリーは,これと同じような論拠に立って,人間の心にとって宗教が「自然」であるのに対し,科学はまったく「不自然」だ,と結論している。
パスカル・ボイヤー 鈴木光太郎・中村潔(訳) (2008). 神はなぜいるのか? NTT出版 pp.417-418
(Boyer, P. (2002). Religion Explained: The Human Instincts that Fashion Gods, Spirits and Ancestors. London: Vintage.)
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