「読書に上手いも下手もないよ。読む意志を持って読んだなら,読んだ者は必ず感想を持つだろう。その感想の価値は皆等しく尊いものなのだ。書評家だから読むのが巧みだとか,評論家だから読み方が間違っていないとか,そんなことは絶対にない」
「ないんですか?」
「ないね。まあ,読書の達人だとか小説の権威だとか,そう云うことを宣うお方は,大概は偉ぶっているだけの小者か賢ぶっているだけの無能なんだよ。手当たり次第読み散らかして適当に悪く云えば,なんとなく偉そうで賢そうに見えるだろ。そんなもんでも書きようで一応は見識足るからね。大勢の中には賛同してしまう者だって少なからず居る。云ったもん勝ちだね。そうなると過大評価されて,馬鹿は益々いい気になる。また,考えなしの出版会社が持ち上げたりもするんだよ。でお,そんなものは字さえ読めれば猿にだって出来るような仕事だからね。少しでも弁えた人間はそんな厚顔無恥なことは口が裂けても云わない」
京極夏彦 (2009). 邪魅の雫 講談社 p.253
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