うわべだけ見ると,この太古の食生活を勧めるダイエット法は,人間が進化してきた環境と現在の環境に不一致があると主張するダーウィン医学の賛成派に支持されそうな気がする。S・ボイド・イートンとスタンリー・イートンによると,石器時代から受け継がれた人間の遺伝子は今,「宇宙時代の暮らしの現実と戦っている」という。この結果,現代の人間は,糖尿病や動脈血栓,肥満といった,文明の発達にともなって出てきた「ぜいたく病」に苦しむようになった。だが,細かく見ていくと,ダーウィン支持者は全員が全員同じというわけではない。彼らでさえも,細部をおろそかにすれば,思いもよらない落とし穴にはまるのだ。人間が今とは異なる環境で進化してきたからといって,単純に過去のやり方にしたがえば現代病にかからなくなるというわけではない。
私がまず疑問に思うのは,この「石器時代」とはいつのことなのか,そして,遊牧民のような狩猟採集生活から,農業中心の定住生活に移行したことが,病気とどのように関係しているのかということだ。石器時代というと,学術的には250万年前からおよそ1万年前の旧石器時代のことを指すが,この期間はあまりにも長く,人間の生活もそのときそのときでちがっている。ライオンなどの肉食動物が食べ残した腐肉を食べる生活から,自発的に狩りや野生植物を採集する生活に移行したのは,おそらく約5万5000年前のことだ。農業や畜産は1万年ほど前,世界の何ヵ所かでほぼ同時期に始まったと考えられている。
となると,私たちの遺伝子はどれくらい前にできたのか。進化は,場合によっては数世代という短い期間に起こることもあるが,全般的に人間の遺伝子は,農業の出現以降,それほど変わっていないと言っていいだろう。だからといって,現代人が石器時代(あるいは旧石器時代)の遺伝子をもっていると,単純に言うことはできない。私たちの遺伝子のほとんどは,実際にはそれよりもずっと古く,多くは,ショウジョウバエやイソギンチャクのような似ても似つかない生き物と共通のものだ。人間とチンパンジーの遺伝子は98%同じだとよく言われるが,このことは状況によってはあまり意味をもたない。人間は狩猟採集民として過ごした期間のほうが,農民やコンピュータアナリストとして過ごした期間よりもはるかに長いのは確かだが,こうした相対的な時間がどれほど重要なのかは,よくわからないからだ。つまり,旧石器時代のあった更新世に生まれた遺伝子にばかり注目するのは,やや自分勝手な見方だということだ。「魚の時代」と呼ばれる3億5000万年前のデボン紀には,脊椎動物の祖先である魚が他の魚の体液を吸って生きていたが,そうした時代にも目を向けたほうがいい。
マーリーン・ズック 藤原多伽夫(訳) (2009). 考える寄生体:戦略・進化・選択 東洋書林 pp.42-43
(Marlene Zuk (2007). Riddled with Life: Friendly Worms, Ladybug Sex, and the Parasites That Make Us Who We Are. Orland: Houghton Mifflin Harcourt.)
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