ドイツの医療研究者,エリカ・フォン・ムティウス博士は1989年,ベルリンの壁が崩壊したすぐ後に,東西ドイツでぜんそくとアレルギーの発症率を比較する調査をした。調査前の博士の仮説は,環境汚染がひどく,生活水準が低く,医療サービスが悪い東ドイツのほうが,比較的清潔な西ドイツよりもアレルギーの発症率が高いだろうというものだった。だが,ここまで読んでくれた方なら予想できるだろうが,調査結果は仮説と逆だった。東ドイツの子どもたちのほうが,アレルギーやぜんそくにずっとなりにくいことがわかったのだ。
博士は,同じような現象に気づいたほかの数人の科学者とともに,この結果を説明するための「衛生仮説」を発表した。衛生仮説によれば,ぜんそくやアレルギーは,清潔すぎる環境から生まれるという。こうした環境では,幼児期に通常受けるはずの刺激を免疫系が受けないので,本物の病原体にはふつうに反応し,花粉のような無害の物質は無視する能力が低くなってしまう。つまり,細菌やウイルスなどの微生物に日常的に触れることで,適切な防御反応が発達して,無害なほこりの粒子が体内に入るたびに免疫系が過剰反応しないようになるわけだ。
マーリーン・ズック 藤原多伽夫(訳) (2009). 考える寄生体:戦略・進化・選択 東洋書林 p.58
(Marlene Zuk (2007). Riddled with Life: Friendly Worms, Ladybug Sex, and the Parasites That Make Us Who We Are. Orland: Houghton Mifflin Harcourt.)
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