もちろん寄生者には,宿主の行動を都合のいいように操作する以外にも,宿主に対して影響をおよぼす手段がある。病気にかかった動物が,動きが鈍くなって捕食者に捕まりやすくなった場合は,自然淘汰の結果,病原体が宿主の走るスピードを変えるようになったとは,必ずしも言えない。宿主の行動の変化の中には,単に病気の症状の一部というものもあるからだ。寄生者が宿主の行動に与える影響を研究するほとんどの科学者は,本当の適応(寄生者の遺伝子に有利になるような進化で生じた変化)と,ドーキンスが呼ぶところの「つまらない副産物」とを見分けることが重要だとしている。
たとえば,風邪をひいて頭がぼうっとしているからといって,クロスワードパズルを解きにくくなるのは,風邪のウイルスが感染を広げるための「策略」ではない。もちろん,その可能性はないわけではない。風邪をひいてパズルが解けずに悩んだ人が「ヨコのカギの8」の答えを相談しに隣の家に行って風邪をうつすかもしれないし,鉛筆を置く回数が多くなり,その鉛筆を通してほかの人がウイルスに感染して,風邪が広まることだってないわけではない。それを証明できれば,風邪の策略であることを示せるだろう。だが,こうしたシナリオは,日常生活における進化の役割を熱心に信じている人でさえも,ひどいこじつけだと思うだろう。頭がぼうっとするのは,体のほかの部分に対する風邪の影響で生まれた副産物だと考えるのが自然だ。これと同様に,宿主が食料を探すのは寄生者のためにもなるが,宿主自身のためにもなるから,通常,寄生者側の操作であるとはみなされない。
マーリーン・ズック 藤原多伽夫(訳) (2009). 考える寄生体:戦略・進化・選択 東洋書林 pp.324-325
(Marlene Zuk (2007). Riddled with Life: Friendly Worms, Ladybug Sex, and the Parasites That Make Us Who We Are. Orland: Houghton Mifflin Harcourt.)
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