文法に生まれつきのメカニズムが関与しているという主張は「クレオール化」と呼ばれる現象にも基づいている。植民地の拡大が続いた帝国主義時代,ヨーロッパの商人や入植者たちは,先住民族と「ピジン語」と呼ばれる間に合わせの言葉でコミュニケーションを取った。ピジンには実質的に文法がないといってよい。時制もないし,a や the といった冠詞もない。しかし,商売上のやりとりのような簡単な情報の伝達には十分に役に立つのである。ピジン語を複雑にすることもできる。しかし,複雑さの質が統語を使用した言語とは違っている。ピジン語の複雑さは,単語の連合による単純増加型のものである。ソロモン諸島のピジン語で,チャールズ皇太子は「ミサスクインのピキニーニ(pikinini belong Missus Kwin)」であり,ダイアナ妃は「ミサスクインのピキニーニのメリ(Meri belong pikinini belong Missus Kwin)」であった。少なくとも彼女の離婚まではそうだった。離婚後,彼女の肩書きはさらに格上になった。「このメラヘリはミサスクインのピキニーニのメリがおしまいになったもの(this fella Meri be Meri belong pikinini belong Missus Kwin bim go finish)」。
ハワイで行われた研究から,ピジン語が世代を経るとさらに洗練されることが分かった。この洗練されたピジン語を「クレオール語」と呼ぶ。ピジン語と違い,クレオール語ではきちんとした文法がある。クレオールの文法は赤ちゃんの脳から生まれてくるのである。クレオール語の文法の誕生に必要なことは,赤ちゃんをピジン語に触れさせることだけだ。なんと,両親の助けがいっさいなくとも子供たちは文法を勝手に創り上げてしまうのだ。これには子供たちの脳に組み込まれた本能的な文法機構が関与していると思われる。
マイケル・コーバリス 大久保街亜(訳) (2008).言葉は身振りから進化した:進化心理学が探る言語の起源 勁草書房 pp.24-25
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