サルに言葉を教える挑戦もすでに50年続いてきた。専門家の間では結論がどうなるかまだまだ意見が分かれている。おそらくびっくりするぐらい意見は不一致だ。しかしながら,今のところ重要な結論を2つ述べることができる。1つめは,サルに声を出して話させようとしても無駄だということだ。カンジは言葉を聞いて理解することに驚くほど長けていたが,声を出して話すことはできなかった。彼の叫び声と話し言葉に似ているところはまるでない。また,彼の声はジェスチャーやレギングラムによるコミュニケーションにおいて感情を込めるために使われるおまけのようなものだった。
2つ目は,少なくとも大型類人猿は,視覚的な手段を使えばとてもうまくコミュニケーションができることだ。彼らはジェスチャーをやって見せることも理解することもできる。ジェスチャーには顔の表情も含まれる。また,彼らは人工的なシンボルを使い,シンボルを指差すなどの操作をすることによって,対話者とコミュニケーションができる。このように視覚的にコミュニケーションを行うことは間違いなく意図的なものであり,単に感情状態に依存しているわけではない。実際,ジェーン・グドールが紹介したチンパンジーが食べ物に関する叫び声を抑制しようとした例は,意図でコントロールできない叫び声とそれを抑制しようと口を手でふさぐという意図的なジェスチャーが別であることをうまく表している。彼らは口で嘘をつくことはできないが,手で人の目をあざむくことはできるのだ。
マイケル・コーバリス 大久保街亜(訳) (2008).言葉は身振りから進化した:進化心理学が探る言語の起源 勁草書房 pp.63-64
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