初期のホモ・サピエンスも少しはしゃべっていただろう。しかし,この200万年間の言語の発達は,音声よりも,むしろおおむね手を使ったジェスチャーにおけるものだったと私は考える。それを支持する証拠もある。まずはじめに,先述のようにわれわれ霊長類の祖先は意図的に音声シグナルを生み出すことにあまり適した体の構造をしていなかった。むしろ,手や腕が意図的な運動にはずっと向いていたのである。第2に音声コミュニケーションは音のせいで敵に見つかる危険性があるが,手を使ったジェスチャーでは音がしない。現存する狩猟採集民族のクン・サン族は,獲物を探しているとき,鳥の鳴き声をつかてコミュニケーションをする。その後,再び音のしないシグナルを交換しながら,,気づいていない獲物に近づいていくのである。第3にコミュニケーションの多くは位置を指し示すことに関わっている。例えば,敵や獲物がどこに潜んでいるかを示すときに使われる。位置情報は指さしや視線を向けることで的確に,しかも素早く伝達することができる。喉から出てくるノイズはこれより劣る。
マイケル・コーバリス 大久保街亜(訳) (2008).言葉は身振りから進化した:進化心理学が探る言語の起源 勁草書房 p.164
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