ホモ・サピエンスによるアフリカからの移民が何かいも行われたのはほぼ確実である。おそらくある程度連続的なものだっただろう。先に示したように,12万5千年前までには江海に沿って移民があった証拠がある。それが海に沿ってサウジアラビアへ,そしてイラクやイラン,果てにはパキスタンにまで広まった。さらに拡大は続き,パキスタンからインドの海岸線に沿って,6万7千年前には東南アジアにまで至った。移民が繰り返されるうちに,われわれの種は少なくとも6万年前までにニューギニアに,そして4万5千年前にはオーストラリアに到達した。他の移民と別れてヨーロッパにやってきた集団もあった。およそ4万年前に到達したと考えられている。この集団が最終的にはネアンデルタール人と入れ替わったのだ。また,アジアの移民たちはベーリング海峡を横切りアラスカに渡った。そしておよそ2万年前にはアメリカの西海岸に,そして1万3千年前には南アメリカに至った。また,アジアの移民の中には太平洋への冒険にこぎ出していったものもいた。そして西暦1300年頃にニュージーランドに到達した。
しかし,最初の移民の子孫は生き残ることができなかったことを示す証拠もある。従って,世界各地に広がった現代人の祖先がアフリカから出ていったのは,初期の移民よりもずっと最近のことであろう。世界中のさまざまな地域から集められた53人の現代人についてミトコンドリアDNAの解析を行ったところ,アフリカとアフリカ以外に住む人々に共通する祖先はおよそ5万2千年前のホモ・サピエンスであることがわかった。ただし,アフリカの人々に限ればその系統を,およそ17万年前ぐらいまでさかのぼることができる。これはおよそ5万年前にアフリカから出発したホモ・サピエンスの集団があり,それが最終的には移民先で出会った先住のホミニンたちと入れ替わってしまったことを示唆する。先住のホミニンたちは,いわば絶滅が運命づけられていた。そのなかにはもっと昔に移民したヨーロッパのネアンデルタール人や東南アジアのホモ・エレクトゥス——そして初期の移民としてアフリカを出ていったホモ・サピエンスもいたであろう。
マイケル・コーバリス 大久保街亜(訳) (2008).言葉は身振りから進化した:進化心理学が探る言語の起源 勁草書房 pp.228-229
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