喉の奥へ喉頭が落ち込んでいったことは,明瞭に聞こえる音声言語が進化の過程で選択されたことがもたらした直接の結果ではなかっただろう。むしろ,二足歩行の結果もたらされたものに違いない。脊柱は大後頭孔と呼ばれる穴を通じて頭蓋に入る。四つ足歩行の動物ではこの穴は頭蓋の後ろに付いている。一方,二足歩行をする人類では,大後頭孔は四つ足動物に比べて前についており,頭蓋が若干後ろに傾いている。結果として,脊柱の上でバランスを取ることができ,あごが小さくなった。さらに声道が長くなり,喉頭が下へ下がったのである。このような変化は,二足で立つ姿勢が進化の過程で徐々に洗練されてくるにつれ,少しずつ生じたものだと考えられる。完全に獲得されたのは,ホモ・エルガスターやホモ・エレクトゥスの時代で,およそ200万年前と推定される。この説明が正しければ,喉頭の降下は「スパンドレル」の一例だ。スパンドレルとは生物メカニズムにおいて構造の変化がもらたらす(偶然の)帰結である。構造の変化自体は音声言語と何の直接的関係もないが,偶然にも促進作用があったのだ。
マイケル・コーバリス 大久保街亜(訳) (2008).言葉は身振りから進化した:進化心理学が探る言語の起源 勁草書房 p.238
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