これらのポイントから,書き言葉が発明される何千年も前から,人間にはそれを使いこなす能力が備わっていたことがはっきりと分かる。また,現在でもまだまだ読み書きができない人がたくさんいることも指摘しておくべきだろう。書くことに必要とされる生物学的な前提条件には手先の器用さ,空間感覚,そして言語それ自体が含まれる——音声言語も,言語音に対応付けられた所持システムの前提条件であっただろう。音声言語に必要とされる生物学的条件も,自律的な音声言語が発明される前から,やはりわれわれに備わっていた。私の分析が正しければ,書字の進化は言語の進化におけるもう1つの特徴も共有しているだろう。つまり書字もやはり慣習化したのだ。アイコン的な,おおよそ絵画的な表現から抽象的な図へと進化を遂げたのである。ちょうど言語自体がアイコン的ジェスチャーから抽象的な音声言語へ進化したのと同じである。先に見たように,あらゆるコミュニケーションシステムの進化においてアイコン的表現は抽象的になる。これはおそらく自然なことなのだろう。
マイケル・コーバリス 大久保街亜(訳) (2008).言葉は身振りから進化した:進化心理学が探る言語の起源 勁草書房 p.344
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