当初の優生学は人間という種の歴史的な研究が主なテーマだったが,次第に社会的弱者を迫害する思想にエスカレートしていく。「弱いものは滅びるのが自然の掟」と解釈されるようになっていったのである。そして,世界中で精神障害者,てんかん患者,知的障害者などへの産児制限,断種などが検討され始めたのだ。
たとえば世界で初めて断種法を制定したのは,アメリカである。1907年インディアナ州で制定されたのをかわきりに,1923年までに全米32州で制定されている。このときの断種法は,ほとんどが精神病患者を対象にしたものだったが,カリフォルニア州などの一部の州では梅毒患者や性犯罪者も対象にしていたという。
「明らかな社会不適合者に子供を作らせないことは,社会にとって善である」
1927年,アメリカの連邦最高裁はそういう判断を下した。また1921年に制定された移民制限の法律も,優生学に基づいたものだった。「白人の純血を守るため」というのがその理由である。
日本でも1931年に「らい予防法」が制定され,ハンセン病患者を収容所に隔離して断種手術や胎児の殺害などを行なってきた(1943年にハンセン病の薬が開発されたにも関わらず,この法律は1996年になるまで廃止されなかった。半世紀以上ハンセン病患者は隔離され続けてきたのである)。また戦後の昭和23年には,優生保護法が作られ,精神薄弱,精神病者などを対象とした妊娠中絶や断種手術が行なわれてきた。
以上のように断種法は,決してナチスの専売特許ではなかった。ただ1つ言えることは,ナチスの場合,その実行が徹底していたのである。
武田知弘 (2006).ナチスの発明 彩図社 pp.203-204
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