アメリカでは断種法を制定して30年の間に,実際に避妊手術を施されたのは2万件程度だった。しかし,ドイツでは,断種法が制定されて,わずか3年で10万件を超えたのである。
またナチスは,断種法だけでなく,安楽死という方法で,精神病者などを抹殺していった。
「回復不能な患者に特別な慈悲で死を与える」
このようなスローガンのもと,T4作戦と呼ばれた安楽死政策は極秘に進められていった。これは主に精神障害者を対象としたものだったが,次第に適用範囲が広げられ,病弱者,老衰者,身体障害者などにも適用された。
「回復不能かどうか」という判断は,担当医が作成したカルテをもとにして,親衛隊の医師数名が決断を下した。少なくとも6,7万人がこの政策で犠牲になったといわれている。
親衛隊は,安楽死の事実を隠し遺族には死亡通知だけをしていた。しかし患者を強制収容所に引き取る際の手荒な行動が人目をひき,また強制収容所に連れて行かれたものの死亡があまりに多いことから,遺族の間から不審の声があがった。司法当局も事実解明に乗り出す動きを見せたために,ナチスはT4作戦を中断した。
しかし戦争が激しくなるとともに,秘密裏に再開され,適用範囲は精神障害本人のみならずその子供にも及び,ナチス崩壊までに27万人の障害者たちが犠牲になったという。
武田知弘 (2006).ナチスの発明 彩図社 pp.205-206
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