しかし実際には,すべての食料生産者が狩猟採集民より快適な生活を送っているわけではない。今日,狩猟採集民より快適な生活を送っている食料生産者は,裕福な先進国にしか存在しない。彼らは,遠くはなれたところに土地を所有し,そこで人を使って農業をするというビジネスを展開することで,自分は農業労働に従事することなく食料を生産している。この方法によって彼らは,狩猟採集民よりも少ない肉体労働で,より快適な生活を送りながら,飢えの恐怖に怯えることなく,より長い寿命をまっとうしている。しかし,世界の食料生産者の大部分は,貧しい農民や牧畜民によって占められているのだ。彼らは,かならずしも狩猟採集民より楽な生活を送っているわけではない。1日あたりの労働時間を調べてみると,貧しい農民や牧畜民のほうが狩猟採集民より少ないどころか。場合によってはより長い時間を働いているのだ。考古学の研究によれば,多くの地域において最初に農耕民になった人びとは,狩猟採集民より身体のサイズが小さかった。栄養状態もよくなかった。ひどい病気にもかかりやすく,平均寿命も短かった。これがみずからの手で食料を生産するものの運命だと知っていたら,最初に農耕民になった人びとは,その道を選ばなかったかもしれない。それなのに,なぜ彼らは農耕民となる道を選んだのだろうか。
ジャレド・ダイアモンド 倉骨彰(訳) (2000). 銃・病原菌・鉄 上巻 草思社 p.150
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