実際に「XがYを発明した」として知られる発明の陰にも,あまり知られていない先駆者が存在する例は多い。たとえばわれわれは,ジェイムズ・ワットは,やかんから立ちのぼる湯気にヒントを得て,「1769年に蒸気機関を発明した」と聞かされている。しかし,これはよくできた作り話であって,ワットが発明を思いついたのは,トーマス・ニューカメンが57年前に発明し,100台以上が製造されたニューカメン型蒸気機関を修理していたときである。そして,ニューカメンの前には,英国人のトーマス・セイヴァリーが1698年に蒸気機関で特許をとっていた。そして,セイヴァリーの前には,1680年頃にフランス人ド二・パパンが蒸気機関を設計していた(しかし,実際に作製はしていない)。しかも,パパンの前にも,オランダ人の科学者クリスティアーン・ホイヘンスをはじめとする先駆者がいて,蒸気機関に着目していたのである。もちろん,こうした事実があるからといって,ニューカメンがセイヴァリーの蒸気機関を大幅に改良した事実や,ワットが(分離型蒸気コンデンサーと複動エンジンを組み合わせて)ニューカメン型蒸気機関を改良した事実が否定されるわけではない。
ジャレド・ダイアモンド 倉骨彰(訳) (2000). 銃・病原菌・鉄 下巻 草思社 p.55
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