このように,自然の障壁がさほどなく,地域の地理的結びつきが強かったことは中国に有利にはたらいた。中国北部・中国南部・沿岸地方・内陸部は,それぞれ異なる作物や家畜をもたらし,異なる技術や文化を誕生させ,やがて統一される中国社会に貢献した。アワの栽培や青銅技術は中国北部を起源としている。中国の文字も北部で誕生した。米の栽培や鋳鉄技術は中国南部を起源としている。私は本書の考察を通じて,自然環境の障壁の少ない場所では技術が伝播しやすかった点を強調してきた。しかし,中国では,地域の地理的結びつきが強かったことが逆に作用し,1人の支配者の決定が全国の技術革新の流れを再三再四止めてしまうようなことが起こった。これとは逆に,分裂状態にあったヨーロッパでは,何十,何百といった小国家が誕生し,それぞれに独自の技術を競い合った。1つの小国家に受け容れられなかった技術も別の小国家に受け容れられた。ヨーロッパの小国家は,他の小国家に征服されたり経済的に取り残されるのを避けるために,他の小国家が受け容れた技術を受け容れざるをえなかった。ヨーロッパでは,自然の障壁が政治的統一をさまたげた。しかしそれは,技術やアイデアの伝播を妨げるほど大きな障壁ではなかった。中国には全土に影響力を行使できる支配者が存在したが,そのような支配者がヨーロッパに存在したことはなかった。
ジャレド・ダイアモンド 倉骨彰(訳) (2000). 銃・病原菌・鉄 下巻 草思社 pp.312-314
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