個人の特質もまた,文化的特質と同じように,歴史のワイルドカードである。歴史は,このワイルドカードがあるために,環境的要因やほかの一般的な要因だけで説明できない部分を秘めているのである。しかし,偉人理論のもっとも熱心な賛同者でも,少数の偉人の業績という見地から人類史を特徴づける大きなパターンを解明するのはむずかしい。したがって,個人の特質の歴史への影響を通じて本書の課題を考えるのはあまり当を得ていない。おそらく,アレキサンダー大王は,すでに文字を持ち,食料生産をおこない,鉄で武装していた西ユーラシアの歴史の流れを少しは変えたかもしれない。しかし,オーストラリアが依然として文字や金属器を持たない狩猟採集民の大陸だった時代に,西ユーラシアにすでに文字や食料生産や鉄を持つ国家が存在したという事実は,アレキサンダー大王の業績とはなんの関係もないことである。いずれにせよ,現実の歴史に,個人がどのくらいの影響力をあたえうるかという疑問に対する答えはまだ出ていない。
ジャレド・ダイアモンド 倉骨彰(訳) (2000). 銃・病原菌・鉄 下巻 草思社 pp.320-321
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