たとえば,パブロフの犬の学習について考えてみよう。パブロフは,犬にベルの音を聞かせてその直後に餌を与える,という手順を繰りかえして,ベルの音だけで唾液が出るように犬を条件づけた。ところが,最初ベルの音を聞かせても,餌を与えなかったならば,どうだろう。犬は,ベルの音は何も意味がないと,それを無視するようになるだろう。もしそうなってしまった後に,唾液が出る条件づけを試みると,かなり苦労するにちがいない。犬はすでにベルを「無視すること」を学んでしまっているからである。このベルの無視が潜在的抑制であり,それゆえに新しい学習がさまたげられるのである。
潜在的抑制は,私たちの脳のなかでも重要な役割を果たしている。それは作業の同時遂行を可能にしている。たとえば私たちは,高速道路を運転しながら,同乗者とおしゃべりし,コーヒーをすするという作業を,3つ同時に注意することなく並行して行えるのである。運転をするときは何に注意を向ければよいのか(そして何に注意を向けなくてよいのか),前もってしっかり学習しておかないと,すぐに情報の洪水がおそってきてパニックになってしまう。
健全な人間は,巧みに潜在的抑制を行っている。逆説的に聞こえるかもしれないが,脳が不必要とみなすものによって感覚意識が抑制されればされるほど,私たちはより一層安定して集中できるのである。だから,もし潜在的抑制が弱いと重大な問題が起きる。潜在的抑制は,統合失調症患者について詳しく研究されている。というのは,統合失調症の主要な症状が,まったく関係がなくても,どこでも意味ありげな関連性を知覚してしまうことだからである。潜在的抑制の低下は,無関係な情報を無視することの障害と見られるので,それによってゆがんだ関連づけを説明できる。
ディーン・ラディン 竹内薫(監修) 石川幹人(訳) (2007). 量子の宇宙でからみあう心たち:超能力研究最前線 徳間書店 pp.90-92
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