DNAの証拠がはじめて導入されたとき,多くの専門家が,偽陽性は起こり得ないと証言した。今日DNAの専門家は,ランダムな個人のDNAが犯罪試料のそれと一致する確率は100万分の1か10億分の1と証言するのが普通だ。そういう確率だから,陪審員が<監獄に入れて鍵を捨ててしまえ>と考えるのも致し方ないことかもしれない。
しかし,陪審員にはしばしば提示されることのない別の統計データもある。それは,たとえば研究所が,試料を採取したり操作したりする際に偶然混ぜ合せたり取り違えたりして間違いを犯すという事実に関するものだ。間違いが,解釈の誤りや不正確な報告書作成による場合だってある。こうした間違いの1つひとつはまれではあるが,DNAのランダムな一致ほどまれということではない。たとえば,フィラデルフィア・シティ・クライム・ラボラトリーは,あるレイプ事件の被告の基準試料と被害者のそれとを取り違えたことを認めたし,セルマーク・ダイアグノーシスという試験会社も同様の間違いを認めた。
レナード・ムロディナウ 田中三彦(訳) (2009). たまたま:日常に潜む「偶然」を科学する ダイヤモンド社 pp.57-58
(Mlodinow, L. (2008). The Drunkard’s Walk: How Randomness Rules Our Lives. New York: Pantheon.)
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