不幸にして,裁判所に提示されるDNAがらみの統計データがもつ力は強い。オクラホマで,裁判所はティモシー・ダーハムという男性に禁固3100年以上を言い渡した。犯行時刻に彼が別の州にいたことを11人が証言していたにもかかわらず,である。ところが,最初の分析で研究所が検体中のレイプ犯のDNAと被害者のそれを完全に分離しなかったため,レイプ犯と被害者のDNAの組み合わせが,比較されたダーハムのDNAに対し「陽性」という結果を出したことが明らかになった。その後の再検査により間違いであることがわかり,ダーハムは4年近くの刑務所暮らしの後,釈放された。
人間的要因による間違いの推定値はいろいろだが,多くの専門家はそれを約1パーセントとしている。しかし多くの研究所の間違いの率(エラー・レート)がこれまでまたく推定されてこなかったから,裁判所はしばしば,こうした総合的な統計値に関する証言を容認しない。また,たとえ裁判所が偽陽性に関する証言を容認したとしても,はたして陪審員たちはそれをどのように評価するだろうか。10億分の1の偶然の一致と,100分の1の研究所の間違いによる一致という2種類の間違いを教えられると,ほとんどの陪審員が,総合的な間違いの率は両者の中間,たとえば5億分の1あたりにあるに違いないと考えるだろうし,そうであれば,ほとんどの陪審員にとって,その値は依然として合理的な疑いを催すようなものではない。しかし確率の法則を使えばまったく違う答えが出てくる。
その考え方はこうだ。偶然の一致と研究所の間違いはどちらもあまり起きそうにないから,両方が同時に起きる可能性は無視することができる。したがって,求める確率はどちらか一方が起きる確率であり,それはすでに述べた足し算の規則によって得られ,つぎのようになる。
研究所が間違う確率(100分の1) + 偶然の一致(10億分の1)
ここで後者は前者の1000万分の1だから,2つの確率の和は「研究所が間違う確率」にかなりよい近似で一致し,その確率は100分の1だ。したがって,2つの可能な原因が提示された場合,偶然の一致の確率に関する専門家のとりとめのない証言をわれわれは無視すべきで,そのかわり,それよりずっと確率の高い研究所の間違いに注意を向けるべきだ。しかしまさにそのデータを法律家が提示することを,裁判所はしばしば容認しないのだ!したがって,頻繁に繰り返されるDNA不過誤[間違いのないこと]の主張は,誇張されている。
レナード・ムロディナウ 田中三彦(訳) (2009). たまたま:日常に潜む「偶然」を科学する ダイヤモンド社 pp.58-59
(Mlodinow, L. (2008). The Drunkard’s Walk: How Randomness Rules Our Lives. New York: Pantheon.)
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