数年前カルテックでの私の研究室は,ジョン・シュワルツという物理学者の研究室のすぐそばにあった。当時彼はほとんど認められておらず,10年間嘲笑を受けながら,ストリング理論という疑わしい理論をほとんど独りで生かしつづけていた。この理論は,宇宙にはわれわれが見ている3次元よりもずっと多くの次元があると予言していた。ある日彼と共同研究者による技術的なブレークスルーがあり,ここでは理由を省くが,突然,その特別な次元が受け入れられるものになった。そしてそれ以来,ストリン切り論は物理学におけるもっともホットな話題になっている。
今日ジョンは物理学の切れ者の長老の1人とみなされているが,もし彼が何年もの無名の時代のためにダメになっていたら,「世の敗北者の多くは,諦めたときに成功がどれほど間近にあるかを知らなかった人びとだ」というトマス・エジソンの言葉の証になってしまっていただろう。
私が知るもう1人別の物理学者の場合も,ジョンの場合と非常によく似ている。彼はたまたまカリフォルニア大学バークレー校でジョンのPh.Dの指導教授だった。同世代のもっとも才能のある科学者の1人とみなされていたこの物理学者は,S-行列理論と呼ばれる研究領域のリーダーだった。ジョンのように,彼も頑固なまでに粘り強く,ほかの者が諦めたあともその理論に取り組みつづけた。ジョンとは違い,彼は成功しなかった。そして成功しないために彼は物理学者としての仕事に終止符を打った。多くの人間は彼を変人と見た。
しかし私の考えでは,彼もジョンも——明日にでもブレークスルーが起きるといった見込みが少しもないまま——流行遅れの研究に取り組む勇気をもったすばらしい物理学者だった。物書きは本の売上げによってではなく何を書いたかで判断されるべきだが,ちょうどそれと同じで,物理学者は成功によってではなくその能力によってより正しく判断されるべきだ。
レナード・ムロディナウ 田中三彦(訳) (2009). たまたま:日常に潜む「偶然」を科学する ダイヤモンド社 pp.318-319
(Mlodinow, L. (2008). The Drunkard’s Walk: How Randomness Rules Our Lives. New York: Pantheon.)
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