消防署に勤務する心理学者リチャード・ギストは,何百人ものカンザスシティ市民に,家族が火災で亡くなったことを知らせる役割を負ってきた。遺族は何度も何度も,なぜ愛する家族が玄関から出なかったのか,窓から脱出しなかったのかと尋ねる。火事に巻き込まれるのがどんなものか,彼らはまったくわかっていないのだ。「わたしはしょっちゅう生存者と一緒に焼け落ちた家の中に立ち,愛する家族がどのようにして亡くなったのかを説明する。遺族は言う。『なぜただ外に出るだけのことが……?』と。そう尋ねる人たちに,火事は午前2時の出来事で,犠牲者たちは深い眠りから目を覚ましたことを説明しなければならない」。もし濃く熱い煙の中で目を覚まして立ち上がったりすると,肺が焼け焦げて即死してしまう。ベッドから転がり出て,出口へ這っていかなければならないが,どこに出口があったかを思い出すのはたやすいことではない。だからこそギストは多くの時間を割いて人々を説得する。煙探知機に電池を入れておき,反射的に脱出できるよう火災が起こる前に避難の練習をしておくように,と。わたしがこれまでに会った災害専門家たちがこぞって言っていることを,ギストも主張している。「立ち止まってじっくり考えなければならないとすると,間に合わない」
アマンダ・リプリー 岡真知子(訳) (2009). 生き残る判断 生き残れない行動:大災害・テロの生存者たちの証言で判明 光文社 pp.223-224
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