1959年,ベックは若い男性うつ病患者を治療していた。すると自由連想を行なっている途中に,患者が怒ってベックを避難しだした。そこでどんな気分なのかと患者に尋ねたところ,「申し訳ない気持ちです」という答えが返ってきた。ベックを怒鳴りつけながら,同時に「こんなことを言うべきではなかった。医者を責めるのは間違っている。嫌われてしまうだろう」というような自責の念を感じていたのである。患者が声に出した思いと同時に,こうした別の思いをめぐらしていた事実に,ベックは強い印象を受けた。患者の怒りが罪の意識を直接呼び起こしたのではなく,二次的な思考の連鎖が,態度に表れた感情と罪悪感との媒介として働いていたのである。
他の患者でもこのような内的独白があるかどうかを調べてみると,やはりそれぞれが,治療セッション中に口に出さない考えを抱いていることが分かった。しかし多くの場合,患者たちは,ベックに尋ねられるまで,これらの思考をそれほど意識していなかった。このもう1つの思考の流れは,随意的思考に比べれば意識されないが,それでも,それ自体が命を持っているかのように現れてくるのだ。
これが「自動思考」だった。それは,瞬時に浮かぶ筋の通った思考で,患者は何の疑いもなくその考えを受け入れていた。その思考が,患者の体験に1つ1つ注釈を付けていくのだった。うつ病の人の場合,この「自動思考」に,ネガティブな偏りが見られた。
マージョリー・E・ワイスハー 大野 裕(監訳) 岩坂 彰・定延由紀(訳) (2009). アーロン・T・ベック:認知療法の成立と展開 創元社 pp.46
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