しかし,医療の主流派の外部にいる人たちは,《科学的根拠にもとづく医療》というアプローチを,冷たくて難しげで威嚇的だと感じるようだ。もしもあなたが多少ともそう感じているなら,《臨床試験》と《科学的根拠にもとづく医療》が登場する以前の世界が,どのようなものだったかを思い出してみよう。医師たちは,何百万という人びとの血を流させることでどれほどの害をなしているかに——ジョージ・ワシントンをはじめ多くの患者を死に至らしめていることに——気づいてすらいなかった。しかし医師たちは愚かだったわけでも,邪悪だったわけでもない。彼らには,臨床試験が盛んに行われるようになって得られた知識がなかっただけなのだ。
たとえばベンジャミン・ラッシュを思い出そう。ラッシュは精力的に瀉血を行い,ワシントンが死んだまさにその日に,名誉毀損の裁判に勝訴した人物だ。彼は聡明で,高い教育を受け,思いやりもあった。依存症は治療すべき病気であることを明らかにし,アルコール依存症になれば飲酒をやめられなくなることにも気づいた。また,女性の権利のために声を上げ,奴隷制廃絶のために戦い,死刑反対の運動をした。だが,知性があり,立派な人柄だというだけでは,何百人という患者を失血死させ,学生たちに瀉血を奨励するのをやめることはでいなかったのだ。
サイモン・シン&エツァート・エルンスト 青木薫(訳) (2010). 代替医療のトリック 新潮社 pp.41-42
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