発表バイアスとはどういうものかを説明するに先だち,それは必ずしも故意に詐欺を働いたということではないという点を力説しておかなければならない。なぜなら,ある結果を出さなければと,知らず知らずのうちにプレッシャーを受けているせいで発表バイアスがかかるような状況は,容易に想像できるからだ。鍼の臨床試験で,鍼には効果があるという肯定的な結果を出した中国人研究者がいるとしよう。鍼は中国にとって大きな威信の源だから,その研究者は胸を張って,すぐさまその結果を専門誌に発表するだろう。その研究のおかげで昇進するかもしれない。ところがその1年後に別の臨床試験を行ったところ,今度は,鍼には効果がないという,その研究者にとっては明らかに残念な結果になった。重要なのは,この第2の研究結果は,さまざまな理由から,発表されずに終わる可能性があるということだ。その研究者は,すぐに結果を発表しなければとまでは思わないかもしれない。また,その臨床試験は失敗だったのだと自分に言い聞かせようとするかもしれないし,こんな結果を出しては,同僚たちをがっかりさせてしまうと思うかもしれない。理由はどうであれ,最終的にその研究者は,第1の臨床試験で得られた肯定的な結果だけを発表し,第2の臨床試験で得られた否定的な結果は引き出しにしまい込んでしまう。これが発表バイアスだ。
サイモン・シン&エツァート・エルンスト 青木薫(訳) (2010). 代替医療のトリック 新潮社 p.100
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