アプ・ダイクステルホイスは,意識をそらせることで創造力が高まるかどうかを調べるため,いくつか実験をおこなった。なかでも有名なのが,参加者に新しいパスタの名前を考えてもらうというものだった。ヒントとして,実験者はまず5つの名前を例に挙げた。どれも最後が“i(イ)”で終わる,いかにもパスタらしい響きをもつ名前だった。そして参加者の半数には,3分間考える時間をあたえたあと,思いついた名前を書き出してもらった。「部屋の中の2人の男」の比喩と同じく,参加者たちは自分の頭の中の,声は大きいが創造力に欠ける男の言葉に耳を貸していた。参加者のもう半数にはパスタのことは忘れてもらい,かわりに3分間コンピュータスクリーンを動く1つの点を目で追って,点の色が変わるごとにマウスをクリックするよう頼んだ。これは部屋の比喩で言えば,声の大きな男の気をそらさせ,無口な男に話させる作業だった。この集中が必要な作業のあとで,実験者は彼らにパスタの新しい名前を書き出してもらった。
実験者は,参加者たちが書き出したパスタの名前の創造性を測るために,簡単で有効な方法をとった。すべての回答を集めて,最後が“i”で終わる名前と,そうではないものとを数えたのだ。実験の最初にヒントとしてあたえた5つの例はすべて“i”で終わる名前だった。だから“i”で終わる名前は,参加者がお手本通りにしただけで,創造性はない。かたやべつの文字で終わる名前には,独創性があると考えたのだ。
結果は驚くべきものだった。意識して作業に取り組んだ参加者が考え出したパスタの名前は,パソコンスクリーンで点を追った参加者より,最後が“i”で終わるものが多かった。そして,名前のユニークさをくらべてみると,点を追っていた参加者のほうが,もう片方のグループの2倍も斬新な名前を考えだしていた。声の大きな男が気をそらしていれば,無口で創造的な男の声が聞こえてくる。「部屋にいる2人の男」の理論が,実験で証明されたのだ。
リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2010). その科学が成功を決める 文藝春秋 pp.113-114
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