「モーツァルト効果」は都市伝説化し,大勢の人がモーツァルトの音楽を聞くとさまざまな能力が向上し,その効果は永続的で,乳幼児にも効き目があると信じ込んだ。だが,1990年代が終わって21世紀に入ると,状況は一変した。まず,ハーヴァード大学のクリストファー・チャブリスが,ラウシャーによるもともとの実験をなぞったすべての実験結果を集め,この効果は(実際に存在すると仮定して),当初考えられていたよりもはるかに小さいと結論した。そして,べつの研究では,実際に効果があるとしてもモーツァルトの2台のピアノのためのソナタ・ニ短調に限定されたものではなく,このタイプのクラシック音楽から生まれる一般的な幸福感と結びつくものだと指摘した。またある研究者は,被験者にモーツァルトの音楽と,それよりもっと悲しい音楽(アルビノーニのアダージョ・ト短調)を聞かせて効果を比較し,やはりモーツァルトの効果のほうが上であることを発見した。
だが研究チームが,音楽がいかに参加者の気持ちを沸き立たせ,しあわせにするかをほかの音楽で対照実験したところ,モーツァルト効果が急に消えてしまった。さらにべつの研究では,モーツァルトを聞いたときの効果と,スティーヴン・キングの小説『死のスワンダイブ』の朗読テープを聞いたときの効果とが比較された。キングよりモーツァルトのほうが好きだと答えた参加者は,思考能力テストではキングの小説を聞いたときのほうが,成績がよかった。しかもモーツァルトよりキングのほうが好きだと答えた参加者も,小説の朗読を聞いたあとのほうがいい成績をとった。
リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2010). その科学が成功を決める 文藝春秋 pp.236-237
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