ポジティブにふるまう方法を記した最初の本は,1936年に出版され,いまだに売れつづけているデール・カーネギーの名著,『人を動かす』である。カーネギー—もともとはカーナギーといったが,実業家のアンドリュー・カーネギーにあやかって改名したようだ—は,じっさいに幸せな「気持ち」でいるかどうかはともかく,成功しているようにふるまえば,人を動かすことができるとした。「にっこり笑う気持ちになれなければ,どうすればいいだろう。2通りの方法がある。1つ,無理やり笑うこと。周囲に人がいなければ,無理やり口笛を吹いたり,鼻歌をうたったり,声を出してうたったりしてみることだ」。「無理やり」ポジティブにふるまうのもいいが,そうできるよう自分を訓練してもいい。「電話オペレーターに訓練をほどこし,関心や熱意をこめて話すよう教えこむ企業はたくさんある」。オペレーターは熱意をもっていなくともいい。ただ,声の調子に熱意をあらわせばいいのだ。『人を動かす』によれば,最大の成功は,誠実さを装えるようになることである。「人間関係に関するさまざまな法則と同じく,関心を示すときには誠実にそうするべきである」。では,誠実さを「示す」にはどうすればいいのだろう?この本には説明されていないが,俳優としての技量がある程度必要になるのは間違いない。1980年代,社会学者のアーリー・ホックシールドの有名な研究によって,客室乗務員はつねに明るい接客態度を要求されるため,ストレスを感じ,感情をすり減らしてしまうとわかった。「彼らは,自分の感情がよくわからなくなるのです」と,私がインタビューしたときに,ホックシールド自身が話している。
バーバラ・エーレンライク 中島由華(訳) (2010). ポジティブ病の国,アメリカ 河出書房新社 pp.65-66
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