スポーツ選手ではなくとも「コーチング」を必要とするという概念は,1980年代に生まれた。当時の企業は,社員を集め,じっさいのスポーツコーチに講演をしてもらっていた。販売業務,管理業務を手がける社員のなかには学生時代にスポーツを経験した人が多く,講演かがグラウンドでの決定的瞬間にたとえて話を進めると,すぐに士気が上がったのだ。1980年代後半,スポーツコーチをしていた元カーレーサーのジョン・ウィットモアは,コーチングをグラウンドからオフィスにもちこんだ。目的とするところは,着席したままで達成できるものも含めた,いわゆる「パフォーマンス」の向上だった。かつて「コンサルタント」を名乗っていた人びとも「コーチ」を自称するようになって,企業のホワイトカラー労働者をはじめとする一般人に,「勝者の」態度,あるいはポジティブな態度を植えつける商売に乗り出した。彼らは,既存のスポーツ分野のコーチングからいくつもの要素をとりいれた。その1つに,勝利を収める場面,あるいは少なくとも,自分の能力をいかんなく発揮する場面を,試合の前に思い描いておくことがあった。そして現在,バーンをはじめとする面々が,自分の望みの結果を視覚化するように訴えているわけである。
バーバラ・エーレンライク 中島由華(訳) (2010). ポジティブ病の国,アメリカ 河出書房新社 pp.76-77
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