長い目で見れば,クインビーのニューソートに基づく治療法をとりこんだ人物としてもっとも影響力が大きかったのは,メアリー・ベーカー・エディではなく,アメリカ人初の心理学者で,紛れもなく科学畑の人間であるウィリアム・ジェイムズである。さまざまな体の不調をかかえていた彼は,クインビーの元患者で弟子だったアネッタ・ドレッサーに頼った。おそらくドレッサーは治療に成功したのだろう。というのも,ジェイムズの有名な著書『宗教的経験の諸相』に,ニューソートに基づく治療法のことが熱っぽく語られているのだ。「目の見えない人は見えるようになり,足のなえた人は歩けるようになった。生まれつき病弱な人は健康になっている」。ニューソートの理論がめちゃめちゃであっても,ジェイムズにはどうでもよかった。とにかく,効果があったのだ。彼にいわせれば,アメリカ人が「唯一,独自に編み出した」という「系統立った人生哲学」すなわちニューソートが,哲学的議論などではなく「現実的治療」によって確立されたことで,アメリカ的プラグマティズムの素晴らしさが実証されたわけだった。ニューソートは,実践のうえで大勝利を収めていた。じっさいに病気を治していたのだ—カルヴァン主義のもたらす病気,あるいは,ジェイムズの言葉を借りれば,「地獄の責め苦を振りかざす古い神学理論」にともなう「疾病」を。
バーバラ・エーレンライク 中島由華(訳) (2010). ポジティブ病の国,アメリカ 河出書房新社 pp.106
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