心理学者からも,ポジティブ心理学への批判の声が上がっている。歯に衣着せない意見を述べているのが,ボードイン・カレッジの教授のバーバラ・ヘルドだ。彼女は,黒髪を長く伸ばした人目を引く女性で,ユーモアのセンスにあふれ,『笑うのをやめて,不平不満をあげつらおう』[原題 Stop Smiling, Start Kvetching]という不敵な題名の自己啓発本の著者でもある。彼女は,2003年にポジティブ心理学国際サミットにパネリストとして招かれたとき,笑ってる顔にバツ印のついたイラストのTシャツを着てあらわれ,セリグマンとディーナーにも同じものを着るように勧めたのだ。そんな彼女がとりわけ問題だと考えている点の1つに,ポジティブ心理学が「ポジティブな妄想」を幸福と安寧を得る手段として認めていることがある。「ポジティブ心理学の務めは,楽観的になりなさい,スピリチュアルになりなさい,親切に,快活になりなさいなどと人びとに命じることではない。むしろ,こういう資質の(おそらくは現実性をそれほど犠牲にせず,健康,成功に対して)もたらす結果について論じることなのだ」。彼女のいうように,「あらゆるタイプのポジティブ心理学者は,この学問が厳密な科学であることをやっきになって宣伝している」。ならば,彼らはどうして「現実と客観」とを捨て去るようなまねをするのだろう?彼女の主張では,ポジティブ心理学者のなかには,「認識のダブルスタンダード」を採用し,客観的で,偏向のない科学をうたいながら,日常への「美観への偏向」を是認している者がいるという。
バーバラ・エーレンライク 中島由華(訳) (2010). ポジティブ病の国,アメリカ 河出書房新社 pp.193
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