ポジティブ・シンキングについては,アメリカ独特の無邪気な考え方だと思われがちだが,アメリカ独特だとはいえないし,無邪気などという可愛らしいものでもない。アメリカとは大きく異なる環境でも,ポジティブ・シンキングはさまざまな国で政治的抑圧の道具になっている。われわれは,独裁者は恐怖を用いて支配すると考えがちである—秘密警察の恐怖,拷問の恐怖,強制収容所の恐怖。だが,無慈悲きわまりない独裁政権のなかには,楽観的に考え,快活にふるまうことを国民に要求するところもある。1979年の革命によって失脚することになるイラン国王の政権下での日々を記したリュザルド・カプチンスキーの『シャーのなかのシャー[原題 Shah of Shahs]』に紹介された話で,ある翻訳家が「いまや悲哀の時代,闇夜の時代である」という扇動的な一節の含まれた詩をどうにか出版にこぎつける。その詩が検閲を通過したことで,翻訳家は「意気盛んだった」。「どんな作品も,楽観的な考えや,活気や,微笑みを誘うものでなければならないこの国で,とつぜんに『悲哀の時代』だ!驚きではないか?」
バーバラ・エーレンライク 中島由華(訳) (2010). ポジティブ病の国,アメリカ 河出書房新社 pp.244-245
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