1970年代,アメリカの心理学者アンドルー・メルツォフは発達心理学に一種の革命を起こした。生まれたばかりの赤ん坊がごく簡単な手ぶりや顔の表情を本能的に模倣することを実証したのである。メルツォフがテストした新生児の中で最も幼かったのは,生後わずか41分の赤ん坊だった。生まれてから絶えず記録をとっていたので,メルツォフがこの実験で演じてみせた身振りを赤ん坊が事前に見ていないことは確実だった。それでも赤ん坊は身ぶりを模倣できたのである。したがって,新生児の脳にはこうした初歩的な模倣行動をやらせることのできる生まれつきのメカニズムが存在しているに違いない,とメルツォフは結論した。この実験結果が革命的だったのは,それまで赤ん坊は生後2年目から模倣を学習するようになるとの見方が支配的だったためである。この考えはもともとジャン・ピアジェの研究から広まったもので,ピアジェといえば,発達心理学の分野で史上最も影響力のある人物と目される存在だった。要するに,ピアジェ派は赤ん坊が「模倣を学習する」と暗に言っていたわけだが,メルツォフのデータを解釈すれば,赤ん坊は逆に「模倣によって学習する」ことになるのだ。
マルコ・イアコボーニ 塩原通緒(訳) (2009). ミラーニューロンの発見:「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 早川書房 pp.66-67
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