エドガー・アラン・ポーは有名な短編小説「盗まれた手紙」において,主人公の探偵オーギュスト・デュパンの台詞の中にこんな文章を入れている。「僕はある人がどれだけ賢いか,どれほど愚かか,どれほど善人か,どれほど悪人か,あるいはその人がいまなにを考えているかを知りたいとき,自分の表情をできるだけその人の表情とそっくりに作るんだ。そうすると,やがてその表情と釣り合うような,一致するような考えやら感情やらが,頭だか心だかに浮かんでくるから,それが見えるのを待っているのさ」。なんという驚くべき先見性!これは作家としても,自分の作った登場人物の内面に踏み入る最良の方法だったろう。しかし,ポーだけがそれを見抜いていたわけでもない。感情についての科学文献においても,顔の筋肉組織の変化によって感情的な経験が形成されるとする理論——現在で言う「顔面フィードバック仮説」——は長い歴史をもっている。チャールズ・ダーウィンとウィリアム・ジェームズは,それに類する記述を最初に残した人々の一員である(ポーの作品はこの2人の著作より数十年前のものではあるが)。ダーウィンはこう書いている。「感情を表に出すことによる自由な表現は,その感情を増幅する。一方,感情をできるだけ表に出さないよう抑制することで,その感情は和らげられる」。ジェームズに言わせれば,この現象は「最も厳密な意味で,私たちの内面が肉体の枠に結び合わされていること」を意味している。
多数の実証的証拠が顔面フィードバック仮説を裏づけており,この仮説がまた,私たちのミラーニューロンについての調査と非常によく一致している。ただ見ているだけの別人の表情を,あたかも私たち自身が浮かべているかのようにミラーニューロンが発火することで,シミュレートされた顔面のフィードバックのメカニズムが実現する。このシミュレーション過程は,努力して意図的に他人の身になったふりをするものではない。苦もなく,自動的に,無意識のうちに行われる脳内ミラーリングである。
マルコ・イアコボーニ 塩原通緒(訳) (2009). ミラーニューロンの発見:「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 早川書房 pp.150-152
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