最近の研究でも,言葉による報告と知覚とのあいだに劇的な断絶があることが実証された。2つの女性の顔の魅力度を査定するよう求められた男性被験者が,写真だけを基準にして,より魅力的な方の顔を選ぶ。選択が終わると,すぐに写真は回収される。数秒後,被験者は2枚の写真のうちの1枚を見せられ,なぜこの顔のほうが魅力的なのかを説明させられる。この実験のトリックは,ときどきこの質問のときに,被験者が選ばなかったほうの写真を見せられることだ。つまり,魅力度が低いと見なされた女性の写真が提示されるのである。選ばなかった写真を見せられた被験者はすぐに自分がだまされていることに気づくだろうと思うかもしれないが,驚くべきことに,操作されたテストに気づくのはたった10パーセントなのである。つまり10人に1人!いまではこの現象に選択盲という名称がつけられている。ことほどさように,私たち人間は自分で選択したものが見えなくなってしまうらしい。この実験結果は,人間が完全に自分の決定をコントロールできる合理的な意思決定者であるという考えと明らかに食い違う。そしてどう言っていいかわからないことに,被験者はトリックに気がづかないと,その選ばなかった顔がどうして魅力度が高いかについて,いかにももっともらしい理由を説明しだす。実際,彼らが本当に選んだ顔についての説明と,取り替えられた顔についての説明に,実質的な違いはほとんどないのだ。あるいは被験者が自分の間違いに気づいていながら,恥ずかしいから黙っていることにしたという可能性はあるだろうか?おそらくない。実際,被験者は自分がだまされたと気づいたとたん,実験全体を疑うようになるので,次のテストは分析から外さなければならなくなる。
こうした事実をつきつけられては,私たちの意思決定についての言葉による報告をどうしてうのみにできようか?そこで出てきたのがニューロマーケティングといって,人間の行動をもっと正しく理解し,予測するのに,神経科学を使おうという考えである。脳撮像を社会の様々な局面に適用する時機がいよいよ熟したということだ。行動に関連した神経機構についての知識はたいへんな勢いで増えている。脳スキャナーも以前よりずっと利用しやすくなっている。これを使って脳の活動を調べれば,人間が決断を下すとき,何を買うかを決めるとき,実際に何が起こっているかをずっと正確に把握できる。
マルコ・イアコボーニ 塩原通緒(訳) (2009). ミラーニューロンの発見:「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 早川書房 pp.270-271
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