こうした現象を見事に示してみせた実験研究がある。この実験は,参加者に教師の役割を演じてもらい,コンピュータが演ずる架空の生徒たちをほめたり,叱ったりするものであった。コンピュータが演ずる生徒は,毎朝8時20分から8時40分までの間に登校し,その登校時刻がディスプレイに表示される。教師は,生徒が8時30分までに登校してくるよう努めなければならない。生徒の登校時刻が表示されるごとに,参加者は,生徒をほめるか,叱るか,何もしないかのどれかを選択できる。そこで,生徒が8時30分より前に登校してきた時には,参加者は生徒をほめ,遅刻してきた時には叱るであろうと予想される。しかし,実際には,生徒の登校時刻は実験前にあらかじめ決められており,実験に参加した被験者がほめたり叱ったりしても,まったくその影響はない。それにもかかわらず,回帰効果があるために,生徒の登校時刻は,遅刻して叱られた後では向上し(つまり,平均の8時30分の方に回帰し),早く登校してほめられた後では悪くなる(つまり,ここでも平均の8時30分の方に回帰する)ことになる。さて,こうした実験の結果,参加者の7割が「叱ることの方が誉めることよりも登校時刻を守らせる効果がある」という結論を出した。回帰によって生じた,ほめることと叱ることの見かけの効果にだまされてしまったのである。
T.ギロビッチ 守 一雄・守 秀子(訳) (1993). 人間この信じやすきもの—迷信・誤信はどうして生まれるか— 新曜社 pp.44
(Gilovich, T. (1991). How we know what isn’t so: The fallibility of human reason in everyday life. New York: Free Press.)
PR