こうしたアルバート坊やの話は,人間の情動的な行動の獲得や変容についての重要な考えを伝えたいときに大変便利な例となるが,極めて重大な問題を抱えてもいる。実は,この話を引用している説明に述べられていることの多くは,作りごとで実際には起こっていないのである。実験者は確かに,ネズミを見せるたびに大きな音を出し,実験開始後7回目の音をたてるころまでに,アルバートちゃんがネズミを怖がるようにすることに成功した。また,5日後にテストをしても,その恐怖は強く残っていることが確認された。そしてそのとき,アルバートちゃんは,ウサギやイヌやアザラシの毛皮のコートにも強い恐怖を示したほか,サンタクロースのお面やワトソン博士の髪にもかなりの「否定的反応」を示し,弱いながらも綿の玉にも反応を示した。そして,積木や実験助手の髪に対しては,むしろ好意的な反応を示したのであった。
しかしながら,さらに5日後には,アルバートちゃんはネズミにほとんど反応を示さなくなったため,実験者たちは「反応を再形成」しようと,ネズミと大きな音とを再びいっしょに提示することにしたのであった。そして,今度はウサギやイヌに対しても,大きな音を対提示したのである。(その結果,その後の般化のテストには,ウサギやイヌは使えないことになった。)最後に,さらに31日後にテストをしてみると,アルバートちゃんは,ネズミ,ウサギ,イヌ,アザラシのコート,サンタクロースのお面のそれぞれに触ると恐怖を示すことが確認された。ところが,アルバートちゃんは,その同じウサギやコートに自分から触ろうともしたのである。この最終テストの後は,実験を行った病院をアルバートちゃんが退院してしまったため,観察やテストは一切なされることがなかった。
T.ギロビッチ 守 一雄・守 秀子(訳) (1993). 人間この信じやすきもの—迷信・誤信はどうして生まれるか— 新曜社 pp.144-145
(Gilovich, T. (1991). How we know what isn’t so: The fallibility of human reason in everyday life. New York: Free Press.)
PR