誇張と省略という比較的単純なプロセスが,こうして,科学的な実験結果の報告から他人についての噂まで,私たちが人づてで「知る」ことの多くを歪めていることになる。こうした人づての話は,次々に語り継がれていくたびに,元々の事実からの隔たりも大きくなりがちである。そして,語り継がれていく過程で紛れ込んだ誤りが修正されることは稀である。実害のないちょっと愉快な例として,「ペンシルバニア・ダッチ」という誤った命名が生じ,定着してしまった背景にも,ある種の誇張と省略が関わっていると思われる。実は,ペンシルバニア州に大量に移民してきたのはオランダ人[ダッチ]ではなく,ドイツ人[ドイッチ]であった。初め,彼らは「ペンシルバニア・ドイッチ」と呼ばれていた。ところが,アメリカ人の多くには,この「ドイッチ」という発音が難しかったため,長い年月を経る間に,より発音の容易な「ダッチ」に次第に変化してしまった。その結果,現在ではアメリカ合衆国の人々の多数が,ペンシルバニア州の人々の祖先はオランダ移民であると思っている。実際,ペンシルバニア州の観光みやげの多くには,ペンシルバニア「ダッチ」産であることの証として,「風車」のマークが付けられているほどである。
T.ギロビッチ 守 一雄・守 秀子(訳) (1993). 人間この信じやすきもの—迷信・誤信はどうして生まれるか— 新曜社 pp.152-153
(Gilovich, T. (1991). How we know what isn’t so: The fallibility of human reason in everyday life. New York: Free Press.)
Pennsylvania Dutch:http://en.wikipedia.org/wiki/Pennsylvania_Dutch
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