ここで,いじめ,パワハラ(パワーハラスメント)に対して法がどのような考え方を持っているのかを説明しておこう。
法律上,これがいじめであるとか,これがパワハラであるとか,そういった定義は存在しない。したがって,いじめやパワハラの問題が起きたとき,こうすればいいというものは,直接の法律規定ということでは決まりがない。
社会的には,パワハラについては例えば次のように定義されている。「職場において,地位や人間関係で弱い立場の労働者に対して,精神的又は身体的な苦痛を与えることにより,結果として労働者の働く権利を侵害し,職場環境を悪化させる行為」である,と(東京都の定義)。
これを法の考え方に即して考えてみると,いじめ,パワハラというのは結局,法律上は,ある種の法益を侵害する場合に許されないということになる。人格権とは,名誉とか,自由とか,人格と切り離すことができない利益のことだ。人格権については,例えば,肖像権やプライバシー権といった形で裁判所の判例でも認められている。
つまり,職場において,人格上の攻撃を行うことでその人を人格的な傷を負った状態にすることは法的には許されないということになる。これについては,攻撃を行う本人に対して,そのような攻撃を行うことは許さないと中止を求めること,傷を負った点について,不法行為だからということで損害賠償を求めることができる(民法第709条)。この加害行為が刑法に定める犯罪行為に該当する場合は,刑事責任が発生するのは当然である。
また,企業は,労働者の心身を健全に保つことができるように,職場環境をそれにふさわしく整える義務があると考えられている。安全配慮義務といわれる義務である。ここからさらに,使用者には「労務を遂行するに当たり,人格的尊厳を侵し,その労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ,またはこれに適切に対処して,職場が労働者にとって働きやすい環境を保つように配慮する注意義務」があると考えられている。これは,職場環境整備義務とか,職場環境調整保持義務などといわれている。これらの義務は,仮に使用者が個々の労働者との労働契約においてとくに約束していなくても,労働契約を締結した以上,使用者が労働者に対して当然負う義務であると考えられている。
笹山尚人 (2008). 人が壊れてゆく職場:自分を守るために何が必要か 光文社 pp.78-80
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