第二次世界大戦の開戦前のこと,ドイツ人研究者マリウス・フォン・ゼンデンは,白内障でいったん目が見えなくなって,のちに手術で障害を克服した100人近い患者の例を広く西側世界から集めて発表した。
多くの患者にとって,見ることを学ぶことは苦痛をともなう経験だった。ある男性は,思い切ってロンドンの街に出かけたが「視覚が混乱して,もう何も見えなくなった」。別の男性は距離の判断がつかなかった。「そこでブーツを脱ぎ,前方に投げ,落下地点までの距離を測ろうとした。ブーツに向かって数歩踏み出し,つかみかかった。手が届かなければ1,2歩進んで手さぐりし,やっとブーツをつかめた」。ある少年は,視力の回復があまりに困難なせいで,目をえぐり出してしまいたいと言いだした。ほかの多くの患者はもっぱら落ちこんで,見るためのリハビリをすっぱりやめてしまった。
ジョゼフ・T・ハリナン 栗原百代(訳) (2010). しまった!:「失敗の心理」を科学する 講談社 pp.40
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