専門家を専門家たらしめるものは,いったいなんだろうか。
米軍のエリートの場合,それは「深い思索」であると言えるだろう。チェスの名手などの超一流のプロのように,優秀な軍事パイロットは,ひとつの出来事が5つ6つ先まで及ぼす影響をとっさに把握する能力をもっている。問題を深く掘り下げられ,しかも瞬時にそれをやってのける力。だが,どうすればこの能力を手に入れられるのか?
「膨大な記憶の集積によるところが大きい」とフロリダ州立大学の心理学教授,K・アンダース・エリクソンは言う。エリクソンは「エキスパート」のエキスパートである。30年以上にわたって,ウエイターからチェスの指し手,パイロットや音楽家にいたるまで,さまざまな分野の専門技能を研究してきた。そして分野にかかわらず,エキスパートにはいくつか共通点があると指摘する。
第1の共通点は,「幼少期にはじめていること」。世界レベルの専門家は,6歳前からその分野に深くコミットしている。
第2の共通点は,「身体面でも頭脳面でも,生まれもった能力は人が思うほど重要ではないこと」。たとえばIQ(知能指数)テストでは,芸術や科学や高度な専門職における達成度の個人差をとくには説明できない。また身長を別にすれば,健康な成人がスポーツで優秀な成績をあげるのに,生まれつきの素質が必要だとの証拠はほとんどない。
重要なのは練習だ。エキスパートはたくさん練習する。分野を問わず,世界レベルの専門家になるには10年間の持続的な努力を要するという点では,おおかたの研究結果が一致している。
エリクソンと同僚の調べたエキスパート集団のひとつに,バイオリニストがある。若手と中堅で最高レベルのバイオリニストたちは,いずれも20歳までに1万時間を超える練習をこなしていた。これとは対照的に,同年代でさほど成功していないほかの2つのグループは,それぞれ2500〜5000時間しか練習していなかった。
ジョゼフ・T・ハリナン 栗原百代(訳) (2010). しまった!:「失敗の心理」を科学する 講談社 pp.229-230
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