毛沢東は,20世紀に数多くいる邪悪な成功者らしいリーダーの中で,もっとも邪悪な成功者らしいリーダーであった。彼は30年間にわたり,世界人口の4分の1に対し絶対的な権力を行使していたのである。歴史家のR・J・ラメルがこう書いている。「毛沢東のひどく血なまぐさい統治を概観してみよう。1900年から1987年までのすべての戦争で,戦闘によって3402万1千人が死んだ。これは2度の世界大戦,ヴェトナム戦争,朝鮮戦争,メキシコとロシアでの革命を含めた数だ。毛沢東は1人でその2倍の人間を殺しているのだ」。これは,アラブ,東洋,新世界の市場でのアフリカ人奴隷貿易が行われていた400年間の死者の4倍近くになる。
こうなると,毛沢東の行動の原因が重大な精神疾患であるという可能性を,彼と同時代に,さらには現在に至るまで,心理学者や精神分析医や精神科医が真剣に考察した例がまれであったことは驚きと言ってもいいだろう。しかし,マサチューセッツ工科大学の政治学者,ルシアン・パイは,毛沢東が死去した1976年という早い時期にその伝記を書き,さらにはこうした考察が少ない理由に明快な説明を与えている。「ほとんど聖人となった毛沢東に対し心理学的な分析を行うだけでも,すでにかなり危ない橋を渡っているのだから,専門用語を使うことは分別のあることとは言えまいし,実のところ非生産的でもあっただろう。だから,わたしは,毛沢東がおそらく自己愛性パーソナリティ障害と境界性パーソナリティ障害を併発していたであろうことは公言しなかった。珍しくない組み合わせの症例ではあるが,病名を口にすれば多くの人々を激怒させていただろう」
バーバラ・オークレイ 酒井武志(訳) (2009). 悪の遺伝子:ヒトはいつ天使から悪魔に変わるのか イースト・プレス pp.224-225
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