忍者ブログ

I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

漫才と吉本興業

 この万歳の勢いに目をつけたのが,吉本興業である。活動写真の台頭によって寄席経営が苦境に立たされていた吉本は,1926年前後(大正末期から昭和初期)にかけて,落語に代えて万歳を全面に押し出すことで突破口を開こうとする。この策はみごとに当たり,やがて万歳は寄席だけでなく伝統ある劇場にも進出するほどの人気を得るにいたる。そのあいだ,吉本興業は専属の万歳コンビの数を増やし,寄席出演者の勢力図は次第に万歳中心に塗り替えられていった。ただ万歳の手段を選ばないやり方は,すでに述べたように,ともすれば低級とみられ,世間の認知がなかなか得にくいというきらいがあった。そのイメージを一新し,サラリーマンを中心とした中流都市階層を新しく客層に取り込むために,吉本興業は,1933年(昭和8年)に「万歳」から「漫才」へと名称を改めることを決める。おりしもその同じ年,現在のしゃべくり漫才の原点となったエンタツ・アチャコの「早慶戦」が生まれる。彼らはサラリーマンが着るような普通の背広を舞台衣装にした最初のコンビでもあった。そのとき,吉本興業専属の漫才コンビは,すでに150組に達していたという。

太田省一 (2002). 社会は笑う:ボケとツッコミの人間関係 青弓社 pp.26-27
PR

TRACKBACK

Trackback URL:

bitFlyer ビットコインを始めるなら安心・安全な取引所で

Copyright ©  -- I'm Standing on the Shoulders of Giants. --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]