OCDという病気は,そのおかげで「奇態な」という言葉があらたな意味をもったほどすさまじい。もう1度,ハワード・ヒューズを考えてみよう。彼はついには「黴菌の逆流現象」と呼ぶ理論までつくりだした。親友が肝炎の合併症で亡くなったとき,ヒューズは葬儀に花を送ることすらできなかった。OCDに支配された頭では,もし花を贈ったら,肝炎のウィルスがルートを逆流してくるのではないかと怖かったからだ。ヒューズはまた強迫的にトイレに座らずにはいられず,42時間も座りつづけていたことがある。用を足し終わったと確信がもてないのだ。これはOCDの症状としては珍しくなく,わたしもそのような患者をおおぜい治療してきた。よくなりかけると,彼らは「もう1分座っているよりも,ズボンを汚したほうがましだ」と言うようになる。もちろん,だれも衣類を汚した者はいない。
無意味な反復というのも,ヒューズのめだった症状のひとつだった。自分で飛行機を操縦して全国を飛びまわっていたヒューズは,あるときアシスタントに,カンザス・シティの天気図をとりよせろと命じた。フライトに必要な情報はすぐ手に入ったのに,彼は33回,同じ要求をくりかえした。それから,自分はくりかえしていないと否定した。
ヒューズにかんする本を書くので話が聞きたいとやってきたピーター・ブラウンは,「どうして,彼は自制できなかったんでしょう,あれほど頭のいい人だったのに」とたずねた。だが頭のよしあしは関係ない。ヒューズはその指示を33回くりかえさなければ,何か恐ろしいことが起こると信じたのだ。この場合なら,飛行機が墜落すると思ったのかもしれない。あるいは,OCDがひきおこす不安を解消するために,指示を3回だけするつもりだったのに,3回目にある言葉を正しいアクセントで言えなかったというようなばかばかしいことが起こったために,33回くりかえすしかなかったのかもしれない。それでも納得できなければ,333回くりかえしたかもしれないのだ。この種の症状は重症のOCDに共通している。彼がくりかえさなかったと否定したのは,自らの強迫行為を恥じたからだろう。
ジェフリー・M・シュウォーツ 吉田利子(訳) (1998). 不安でたまらない人たちへ 草思社 pp.68-69
(Schwartz, J. M. (1996). Brain Lock. New York: Harper Collins.)
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